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土井淑平報告

「アメリカの核開発と先住民とウラン被曝」

~2/27ビキニデー56周年東京集会~

 

   ◇2010年2月27日 東京都杉並区の杉並産業商工会館にて

   ◇報告者:土井淑平

   ◇主催:2・27ビキニデー56周年東京集会実行委員会

 

 本稿は2010年2月27日の2/27ビキニデー56周年東京集会における土井淑平の特別報告の内容です。

 

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三角忠をコーディネーターに、「アメリカの核独占に至るビキニ事件」で対談する、第五福竜丸

元乗組員の大石又七(左)と核問題研究情報センター代表の吉田義久(右)

 

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「米帝の核開発と先住民とウラン被曝」の報告をする土井淑平

 

 

 1 マンハッタン計画の犠牲となった米国の先住民たち


 周知のように、アメリカ合州国の核開発は1940年代以降のマンハッタン計画に始まります。このマンハッタン計画で使われたウランは、ベルギー領コンゴ(現在のナミビア付近)の良質のウラン鉱石を主体に、カナダや米国の鉱山から調達されましたが、先住民の土地であるアリゾナ州のレッドロック鉱山などのウランも原爆製造に使われました。
  このレッドロック鉱山はコロラド高原のフォー・コナーズと呼ばれる米国でも有数のウラン鉱山地帯の一角にありますが、フォー・コナーズはアリゾナ州・ニューメキシコ州・コロラド州・ユタ州の4つの州が境を接していまして、この一帯にはナヴァホ族やホピ族の居留地があり、マンハッタン計画以来これらナヴァホやホピの先住民が被曝し、つぎつぎ肺ガンの犠牲になって死亡していきました。
 地元保険局の調査によると、レッドロック鉱山で働いた約400人の鉱山労働者のうち約70人が肺ガンで死亡しています。レッドロック鉱山の北東のシップロック鉱山では、約150人のナヴァホのうち、1980年までに38人が肺ガンなどで死亡し、さらに95人が呼吸器疾患やガンに冒されていたということですが、おそらくその後多くの人が死亡したと思われます。
 これはほんの氷山の一角でして、米国公衆衛生協会の推計によると、1940年代から50年代のマンハッタン計画で、米国のウラン鉱山で働いた6000人の鉱山労働者のうち、600人から1200人がラドン被曝による肺ガン死を避けられないと報告しています。ということは、10人に1人か5人に1人の割合で肺ガンの犠牲者が出ていることを意味します。ウラン鉱山の被曝の主役はウランが崩壊してできる気体のラドンによる肺ガンなのです。
 このように、ウランの採掘は採掘そのものによる被曝で多数の鉱山労働者たちを肺ガンで死に追いやっただけでなく、採掘によるウラン残土や製錬によるウラン鉱滓を大量に発生させ、とりわけ野積みのままの膨大なウラン鉱滓の流出事故で周辺環境をひどく汚染しました。
 1979年7月 ― というと、あのスリーマイル原発事故から4カ月後のことですが ― ニューメキシコ州のチャーチロックでダムが決壊して1100トンのウラン鉱滓が流出し、コロラド川の支流のプエブロ川に流れ込んで、この川を水源としている1700人のナヴァホ族が被害を受け、汚染された水や草を飲んだり食べたりした何千頭もの羊などの家畜が重度に汚染されました。
 米原子力規制委員会のデータでは、1959年から1977年までの間に、少なくとも15回のウラン鉱滓の流出事故が起きています。かりに流出しなくとも、野積みで放置されたウラン鉱滓の投棄地で肺ガンや白血病などが増加している、との報告も枚挙にいとまがありません。


 2 人形峠のウラン鉱山跡地に放置された膨大なウラン残土


 さきに見たように、米国のウラン鉱山労働者6000人のうち600人から1200人が肺ガン死ということは、10人に1人か5人に1人の割合で肺ガンの犠牲者が出ていることを意味しますが、これはまさに見えざる殺人労働というほかありません。
 わたしが国会図書館で入手した原子燃料公社(現在の日本原子力研究開発機構、一昔前の悪名高い動燃の前身)のデータを、京大原子炉実験所の小出裕章さんに送って分析してもらったところ、1957年から1966年までの10年間に、人形峠周辺のウラン鉱山で働いた延べ1000人の鉱山労働者のうち約70人の肺ガン死が避けられないとの結果が得られました。
 このうち、坑道内のラドン濃度が高かった岡山県の人形峠鉱山と鳥取県の倉吉鉱山の坑内労働者の場合は4人に1人、やはり鳥取県の東郷鉱山の坑内労働者の場合は6人に1人が肺ガンの犠牲になるという計算です。さきに挙げた米国のウラン鉱山のデータと非常に近いですね。
 なかでも、人形峠鉱山の夜次地区の坑道内のラドン濃度は、規制値の1000倍で、そこで2週間働いただけで肺ガン死する、というすさまじい状況でした。さきに米国のウラン鉱山で指摘した殺人労働は、ここ人形峠においても現実のものだったのです、
 人形峠周辺でウランが採掘されたのは、1950年代後半から60年代にかけてです。日本の原子力開発は1954年3月に当時改進党の議員で正力松太郎の子分だった中曾根康弘が、燃えるウラン235をもじって2億3500万円の原子炉予算を含む3億円の原子力予算を国会に提出したのがきっかけです。一攫千金を夢見た山師たちが全国の山を歩いてウラン探しを始め、1955年11月に人形峠でウランの露頭が発見されて、人形峠ではにわかにウラン・ブームが起きたわけです。
 しかし、人形峠のウランは量も品質も商業ベースに乗るようなものでなく、日本は国産ウランの開発をあきらめて海外からのウランの輸入で、原発を運転し増設に増設を重ねて、現在55基(昨年、運転を終了した浜岡1、2号機を除けば53基)の原発大国になっています。
 人形峠をはさんで鳥取・岡山両県12地区のウラン鉱山跡地には、45万立法メートルもの膨大なウラン残土(放射能を含んだウランの掘るカスの土砂)が野ざらしで放置されましたが、これは200リットル入りドラム缶に換算すると225万本に相当し、日本のすべての原子力施設から出た低レベル放射性廃棄物の約2倍に相当します。
 人形峠で採掘されたウランの量は100万キロワット級の原発の燃料のわずか半年分くらいでしたが、それでもこれだけの膨大なウラン廃棄物が出て、環境を汚染していたという恐ろしい話です。
ということは、日本がウランを輸入している外国のウラン鉱山で出るウラン残土が、そら恐ろしいほどの量になるということを意味します。

 

 3 18年もかけて実現した方面地区のウラン残土撤去


 わたしたちは小出裕章さんとの共同調査により、人形峠周辺のウラン鉱山跡地で、ウランの放射能による環境汚染の実態を明らかにしてきました。とりわけ、わたしたちはウラン残土の全面撤去を要求して立ち上がった鳥取県東郷町(現在の湯梨浜町)の方面(かたも)地区を重点に、調査を進めてきました。
 方面地区はわずか20世帯くらいの山あいの小さな寒村ですが、ウラン採掘後の1966年から1994年までのほぼ30年間に、11人の住民がガンで死亡し、そのうち6人が肺ガン死していまして、人形峠周辺でももっともウラン被曝の影響を受けたところです。しかも、ウラン残土が大量に流出し、集落の川や田んぼが汚染された場所でもあります。
 方面地区の住民と自治会は1988年にウラン残土の放置が発覚して以来、人形峠周辺のウラン採掘地で唯一、ウラン残土の撤去を要求して立ち上がり、旧動燃(いまの日本原子力研究開発機構)・国・自治体の三位一体のすさまじい圧力に耐えて、最後には訴訟に持ち込み最高裁決定に基づいて、4年前の2006年に放射能レベルの高いウラン残土約3000立方メートルの撤去を実現しました。
 このことは、皆様もご存知のない方が多いかも知れませんので、声を大にしてあえて強調しておきますが、日本の原子力関連訴訟では異例の ― いや、まったく初めての勝訴です!この間、実に18年!!18年というと、昔の共産党幹部の獄中18年組というのを思い出しますが、まあ獄外18年組というべきか。とにかく、これは日本の草の根の住民運動のなかでも、特筆すべき画期的な出来事なのだ、ということを皆様に報告しておきたい。
 ひるがえって、人形峠のウラン採掘の前段をなす1954年3月の中曾根康弘による原子力予算の提出が、ビキニ環礁で米国の水爆実験が行なわれ、焼津の第5福竜丸をはじめ遠洋漁業に出ていた多くの日本の漁船が被災したのと、ちょうど時を同じくしていたことは暗示的です。
 つまり、米国の先住民も人形峠もビキニ事件も、いわば原子力開発のメビウスの輪のようにつながっていて、原子力開発の裏側で何が起きていたのかを重い事実をもって突きつけていたわけです。

 

 4 インディアン戦争から第2のジェノサイドへ

 

 さて、ここでもう一度、アメリカの先住民の問題に立ち返りますが、わたしがこのたび三角忠さんの主宰する編集工房・朔から刊行した『アメリカ新大陸の略奪と近代資本主義の誕生―イラク戦争批判序説―』は、アメリカ新大陸の略奪によってヨーロッパの近代資本主義が誕生しただけでなく、アメリカ合州国それ自体も先住民をせん滅するインディアン戦争の“血の落とし子”であり、インディアン戦争は帝国主義的な対外膨張を経て今日のイラク戦争に行き着いたのだ、というテーゼを歴史的データに基づいて打ち出したものです。
 わたしはこの新著で、アメリカ合州国はレーニンやホブソンが分析の対象とした古典的な帝国主義をはるかに超えて、第1に全世界に軍事基地を張り巡らせた軍事帝国主義、第2にドル支配を通した通貨帝国主義、第3にアメリカ型の大衆消費文化を全世界に波及・浸透させた文化帝国主義に立脚した、史上に類例のないグローバルな超帝国主義つまりスーパー帝国主義の国家である、とも強調しました。
 この本の序論と終章でいま要約したテーゼを凝縮して示したつもりですが、“300年戦争”とも呼ばれるインディアン戦争で追い詰められ、不毛な居留地に閉じ込められたアメリカの先住民は、その居留地や聖地の地下にウランをはじめとする豊富な鉱物資源が眠っていたがゆえに、マンハッタン計画や鉱物資源開発で“第2の侵略”あるいは“第2のジェノサイド”の憂き目に会ったのです。 しかも、毒食わば皿までで、原子力開発の“国家的犠牲地域”として核廃棄物投棄地にも狙われるという、まさに踏んだり蹴ったりの理不尽な運命にさらされました。
 この問題に根底から立ち向かい、アメリカ新大陸の発見・米国の建国・西部開拓からウラン採掘や核廃棄物の投棄まで、血塗られたアメリカの歴史と現状を告発したのが、1968年に結成されたアメリカ・インディアン運動(AIM)とその指導者のラッセル・ミーンズでした。ちょうどベトナム反戦と学生叛乱の1960年代後半に当たり、それは黒人解放運動の“ブラック・パワー”になぞらえて、先住民解放運動の“レッド・パワー”とも呼ばれました。
 まことに象徴的なことに、アメリカ・インディアン運動が占拠闘争の舞台としたサウスダコタ州のウーンデッドニーは、ベトナムのソンミ村の大虐殺にも比せられる1890年のアメリカ先住民の大虐殺の場所で、しかもここはフォー・コーナーズと並んで知られる米国の有数のウラン鉱山地帯のブラック・ヒルズの一角にあったのです。
 いま申し上げたインディアン戦争から核開発による“第2の侵略”“第2のジェノサイド”へと至る経過については、わたしの今回の新著『アメリカ新た陸の略奪と近代資本主義の誕生―イラク戦争批判序説―』の終章を参考にしていただけたらと思います。


 5 世界の核廃絶への具体的な道

 

 原子力開発の入口に当たるウラン開発の犠牲は、なにも米国の先住民に限ったことではなく、カナダでもオーストラリアでも南アフリカでもインドでも同様です。他方では、原子力開発の出口に当たる核廃棄物の投棄地も先住民の土地なら、核実験で被爆や汚染の犠牲を受けたのもネヴァダや太平洋諸島の先住民たちです。
 わたしは人形峠の取り組みを通して、米国をはじめウラン採掘地の先住民の土地にはじまり、核実験の被害を受けた主としてネバダや太平洋諸島の惨状も踏まえ、原子力開発は軍事利用と商業利用の別なく、文字通り先住民や弱い立場の人間を根こそぎにする棄民政策の産物以外の何物でもなく、まさに入口から出口まで放射能のタレ流しによって成り立つところの、血塗られたものだと主張してきました。
 それだけではありません。日本は広島と長崎に原爆を投下されて唯一の被爆国とも言われますが、これは正確でなく事実に反します。なぜなら、核加害国たる米国自身がウラン採掘の犠牲者にとどまらず、核実験に参加した兵士や復員軍人なども含めて、何と100万人の被曝者を抱えた“被曝大国”なのです。
 近年、原発が地球温暖化防止のクリーンエネルギーであるかのようなまがまがしい一大デマ宣伝が内外でなされていますが、いったい地球汚染をもたらした1986年の旧ソ連のチェルノブイリ原発の爆発事故は、いつ歴史から抹殺されたのか。(原子力開発の入口のすさまじいウラン被爆と汚染は言うに及ばず、それよりもはるかに猛毒の高レベル核廃棄物は始末におえないため、日本でも米国でも世界でも頭を悩ませる未解決の難題となっています。いや、実は高レベル核廃棄物のあと始末は解決の方法がないのですから、あとは野となれ山となれの自爆テロのような地球汚染しかないわけです)
 最後に一言、オバマ大統領(の「核のない世界」)について、さきほど吉田善久さんが批判されましたが、(これはたしかに口当たりのいいリップ・サービスのようなもので)、米国の前大統領のブッシュもロシアの現大統領のメドベージェフも、核先制使用は辞さないと公言しています。これでは、核を持たないとやられちゃうというわけで、新たに核参入を目指す国が出るのも当然ではありませんか。
 米国に従うならイスラエルやインドのように核は認めるが、米国に叛旗をひるがえすイランや北朝鮮の核は認めない、といった“ガキ大将”の論理は道理として通用するわけがない。
 (核を持った者は放そうとしないとは、さきほど大石又七さんが指摘されたことでありますが)、世界の核廃絶への道は、国連で安全保障理事会を構成する米・ソ・中・英・仏の核保有先進5大国が、核先制使用は絶対にしないと安保理および国連総会の場で相互に誓約し、まず自分たちの核独占の既得権益の放棄を宣言して、核廃絶の具体的な道筋を全世界に示していく以外にありません。

 

(追記)丸カッコ()は本ホームページ掲載に当たって補足した部分です。

(補足)2010年2月7日付『朝日新聞』のモスクワ電「核使用条件を維持/ロシアが新国防指針」、並びに、3月3日付『日本海新聞』のニューヨーク発共同電「核兵器数千発削減へ/先制不使用宣言は拒否」は、米ソ両核超大国が「核先制使用」の権利を手放さない方針を伝えています。オバマの「核のない世界」が口当たりのいいリップ・サービスで、まぼろしのごとき空中楼閣でしかないことを如実に物語っています。