原子力防災計画への根本的疑問

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原子力防災の避難訓練は原発再稼働への一里塚

  原子力防災計画への根本的疑問

 

 このコラムは2012年11月11日東京の反原発100万人大占拠行動における演説のメモによる復元です。

 

 1 島根原発の避難訓練

 

 中国電力の島根原発の重大事故を想定した原子力防災訓練が1月26日、島根・鳥取の両県で行なわれました。新たな国の原子力防災計画で住民の避難の対象が従来の半径10キロから30キロに拡大されたのを受けて、6市(松江、出雲、安来、雲南、境港、米子)の住民と自治体・国・自衛隊・中電など約3700人が参加しました。
 この日、NHKは夕方の全国ニュースでこの避難訓練を取り上げ、原発から30キロの範囲にある19の道府県の取材結果として、避難先が決まっていないのが11府県で、その数は300万人にものぼると伝えました。鳥取県の地元紙の日本海新聞は1面と地方面を3ページも使って、「30キロ圏住民避難」「〝見えぬ恐怖に備え」「広域避難 入念チェック」、と大々的に取り上げました。
 わたしはきわめて憂鬱な気分になり、素朴な市民感覚からして、この世の中よっぽどおかしい、すっかり逆立ちしている、いったいどうなっているのか、とのいら立ちを覚えました。いまだ再稼働のメドすら立っていない原発の避難訓練を国や行政が先走って行なっても、何の疑問も感じない世の中がおかしいのか、それともまた、自分のアタマの方がおかしいのか、わたしは一瞬「不思議な国のアリス」のような心境に陥りました。

 

 

 2 避難訓練の実施は原発再稼働の呼び水

 

  むろん、原発が存在し稼働している限り、原子力防災計画や避難訓練もやむ得ないでしょう。しかし、島根原発の大事故を想定した避難訓練は、
 ①少なくとも大飯3、4号機以外の原発は全部停止し、原発の再稼働は国民的な大問題になっていて既定の事実ではない。
 ②いかなる避難訓練も原発の再稼働を前提にしないとあり得ないはずだ。
 ③それゆえ、山陰両県の避難訓練は島根原発の(ひいては他の地域の原発の)再稼働の地ならし、ないしは呼び水以外の何物でもない。
 ④島根県や鳥取県は防災計画や避難訓練の前に、これだけの大避難を前提とするような島根原発の再稼働をやめよ、というのが素朴でまっとうな市民感覚ではないか。

 

 

 3 大事故による避難を想定した原発の不条理

 

 わたしは1月16日、女性を中心とした鳥取の市民グループ、えねみら・とっとり(エネルギーの未来を考える会)主催の「島根原発で「もしも」が起きたら!?」にも参加して、上記の認識をもとに素直な市民感覚から以下私見をのべました。要点は、
 ①フクシマの16万人の避難民を放っておいて、つぎの原発災害を想定した避難計画はおかしいのではないか。
 ②フクシマの避難はさきの太平洋戦争における疎開をはるかに上回っているが、日本はそういう疎開計画を立てて太平洋戦争に突入したのか。太平洋戦争の疎開も顔負けの避難計画を立てて、原発を運転するのはよっぽどおかしいではないか。
 ③原発の運転は、太陽の周りを地球が回り、地球の周りを月がが回る、といった天体の回転のような宿命的な自然現象ではなく、あくまで人事・人為によるものだ。それなのに、原発の運転を不可避で不動の事実のように考えるのは、まったく理解できない。
 ④事実、昨年50基の原発が全部止まり、しかも真夏のピーク時も大飯3、4号機の再稼働なくとも、電力は十分まかなえた。これを前提にすべきで、40数万人(全国の原発の周辺住民のトータルでは何百万人)もの大量の住民を〝人質〟に 取って、山口・広島・岡山・鳥取の各県に〝配給〟するといった、とんでもない大規模避難を前提とした島根原発の再稼働は、市民感覚から完全に逆立ちしている。

 

 

 4 原子力防災計画―避難訓練―原発再稼働の轍(わだち)

 

 わたしたちは「不思議の国のアリス」ならぬ「逆立ちしたおかしな国」に足を踏み入れているのではないか。そこでは三角形が丸かったり、黒が白になったり、悪事が善になったりする。つまり、それと意識せず、電力会社の意に沿った国・行政の原子力防災計画―避難訓練―原発再稼働の轍(わだち)に吸い寄せられているのではないか。
 むろん、島根原発の大事故を想定した、こんなおかしな避難訓練を実施させてしまったわたしたち自身にも、責任の一端があるとはいえ、ここで立ち止って考えてみたい。げんに国や行政から原子力防災計画が現実に出されている以上、それに対する精緻な批判や要望も必要だろうが、それ以前に国や行政の意図や背景も見据えて根本から再考せざるを得ません。
 といって、わたしはさきのえねみら・とっとり主催の「島根原発で「もしも」が起きたら!?」の企画を否定するものではありません。県担当者から行政の計画について説明を聞くのも無駄ではないと考えるからで、たとえ反面教師としてであれ、行政が何を考え行なおうとしているのか、わたしにとっても直接知る得難い機会でした。
 と同時に、わたしたち市民は電力会社の意に沿った国や行政の轍(わだち)にはまる ― つまり、原発再稼働の前提ないしは条件となる原子力防災計画を飲まされ、いつしかそれと意識せず再稼働のレールに乗せられることに、よほど警戒して自分たちの足場を見定めないといけない、と自戒もした次第です。
 超中央集権的は官僚制国家の日本では、いぜんとして原発は国策であり、地方自治体は国に従属し、それゆえ原発という国策から自由ではありません。ほとんどの政党や議会も国政と地方を問わず、原発翼賛体制の強力で不可欠の支持母体で、脱原発の厚い壁として立ちはだかっていることは、最近原発の住民投票条例の請求を相次いで否決した東京、大阪、静岡、新潟の地方議会と政党が如意に示した通りです。

 

 (2013年1月27日記)