フクシマ被災地現地視察

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フクシマの被災地を視察して



 日時=2014年5月25日(日)
 場所=さざんか会館大会議室
 主催=原水爆禁止鳥取県民会議/憲法擁護・平和人権・フォーラム鳥取県
 集会=3.11を忘れるな!“さよなら原発inとっとり集会”
 『暮らしの中から見る放射能の問題』
 =福島の汚染水問題と被災避難者の実情!=
 講演=「フクシマの被災地を視察して」
 講師=土井淑平

 

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はじめに

 


 つい先日、原発をめぐる大きなニュースが飛び込んできました。
 さきほど主催者代表の知久間二三子さんがおっしゃたように、4日前の5月21日、福井地裁は大飯原発3、4号機の運転差し止めの判決を言い渡しました。この画期的な判決の日に、東京電力はフクシマの汚染水の海洋放出を開始しました。明暗を分けるまことに象徴的な出来事です。
 福島第一原発事故により広大な範囲で深刻な放射能汚染が続き、ふるさとに帰れない10数万人の住民が避難先で苦難の生活を余儀なくされているというのに、政府と産業界はまったくほおかむりして原発再稼働に突き進んでいます。
 いったい、フクシマはどこへいったのか。福島第一原発事故などなかったのか。「ノドもと過ぎれば暑さ忘れる」という諺がありますが、この恐るべき忘却と目先のことしか目に入らない視野狭さくの体質は、日本の社会と文化の救いようのない暗部を象徴するものです。
 わたしは先日17と18日、福島県いわき市で行なわれた反原発運動全国連絡会の総会、および、フクシマの被災現地視察に参加してきました。そこでの見聞をもとに、フクシマと日本の現在を見つめ直す一つの機会にできれば、思います。
 反原発運動全国連絡会には、わたしたちが青谷原発立地阻止運動に取り組み始めた1980年代初頭から参加していますが、今日まで30数年も続いている国内の反原発運動団体最大の全国ネットワークです。月刊で『はんげんぱつ新聞』を発行し、各地の情報と経験を交流する重要な媒体となっていまして、現在、2000部余り出ています。わたしが反原発新聞鳥取支局の世話人ですので、定期購読されたい方は申し込んで下さい。購読料は年間3000円です。
 さて、これから、パワーポイントで資料と写真を見ながら話しますが、お配りしている資料はそれらの出典を示したコピーです。

 

1 震災・爆発・避難


 1 「フクシマ事故」の写真から始めます。この写真は2011年3月21日、東電撮影の福島第一原発3号機の水素爆発後のけむりが流れる残骸です。(写真=福島第一原発3号機、2011年3月21日、東電ホームページより)


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 周知のように、福島第一原発では1号機から3号機まで炉心溶融いわゆるメルトダウンと爆発を起こし、停止中の4号機も爆発を起こして原子炉建屋の屋根が丸裸となりました。その結果、大量の放射能すなわち放射性物質が放出されて、広範にまき散らされました。
 つぎに、2 「フクシマの汚染地図」を見ましょう。この地図はセシウムの蓄積量で、強い汚染範囲が250キロ先の群馬県と長野県の県境にまで及んでいます。
 この地図で真っ黒な部分は1立方メートル当たり60万ベクレル以上、次に濃い灰色の部分が6万から60万ベクレル、さらに薄い灰色の部分が3万から6万ベクレルの範囲です。
 ちなみに、日本の法令では、セシウムが4万ベクレルを超えると、「放射線管理区域」に指定することになっています。地図で言うと、薄い灰色の3万から6万ベクレルの範囲がほぼこれに相当し、それが250キロ先にまで及んでいるのです。
 フクシマの原発事故では、セシウムの汚染で本来なら「放射線管理区域」に指定すべき強度の汚染地域が、福島県の3分の2を占め、ここで150万人の住民が生活しています。
 しかも、その「放射線管理区域」に相当する汚染地域は、福島県だけでなく宮城、茨城、栃木、群馬県なども含めると、本州の11分の1の面積の2万平方キロに及び、ここに200万人が住んでいると推定されます。
 京大原子炉実験所の小出裕章さんはこう警告しています。「法治国家と言いながら、自分で決めた法律のいっさいを反古にして、人々に被曝を強いているのです」(小出裕章『100年後の人々へ』、集英社新書、2014年)。
 「(京大原子炉実験所で放射線業務に従事する)私のような人間しか入っていけない上に水すら飲んではいけない場所に、一般の数百万人が普通に生活している、という異常な状態であることを、はっきり認識してほしいと思います」(『人民新聞』2014年5月15日のインタビュー)
 つぎに、3 「フクシマの避難区域」を見てみます。事故当初、福島第一原発から20キロ圏内は「警戒区域」、20キロから30キロの圏内に「緊急避難準備区域」、さらに、20キロから50キロの圏内に「計画的避難区域」が設定されました。(地図=フクシマの避難区域)


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 このうち、20キロ圏内の「警戒区域」は立ち入り禁止で、ここに住む住民は域外に避難させられました。20キロから50キロの圏内の飯館村を含む強い汚染の「計画的避難区域」も避難対象となり、ここの住民も順次避難させられました。
 20キロから30キロの圏内の「緊急避難準備区域」は、自主避難勧奨の対象となりましたが、この自主避難は住民を混乱に陥れました。のちに、国会事故調査委員会いわゆる国会事故調から、「政府の責任の放棄」と批判されたものです。
 ところで、この事故当初の避難区域は、事故から2年目の昨年3月、「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の3区域に再編されました。4 「避難区域の再編」の地図がそれです。
 まず、最初の「帰還困難区域」は、年間の放射線量は50ミリシーベルト超で、事故1年の2012年3月から数えて、5年以上戻れない区域です。
 つぎに、「居住制限区域」は、年間20ミリシーベルトから50ミリシーベルトで、数年で帰還を目指す区域です。
 最後の「避難指示解除準備区域」は、年間20ミリシーベルト以下で、早期帰還をめざす区域です。
 あとでスナップ写真を見ますが、わたしがこのあいだの反原発運動全国連絡会のフクシマ被災地現地視察で訪れたのは、いわき市から北上して広野町、楢葉町、富岡町です。
 この「避難区域の再編」の地図で見ますと、広野町は「緊急時避難区域」を解除されて住民の帰還政策が進められています。楢葉町と富岡町は立ち入り禁止の「警戒区域」でしたが、楢葉町の大半は「避難指示解除準備区域」に、富岡町は「居住制限区域」と「帰還困難区域」に再編されました。
 ところで、この避難区域の再編は、汚染の実態と影響を軽視ないしは過小評価して ― あるいは、御用学者の進言により、フクシマの被災住民を汚染地域に早期に帰還させようとする、政府の誤れる政策の結果とわたしは考えます。
 むろん、わたしにも、自分のふるさとに帰りたいというフクシマの住民の悲願は、痛いほど分かります。しかし、それは強い汚染地帯に住民 ― なかんずく、子どもや若者を投げ込むに等しく、わたしは大きな問題であると考えます。
 フクシマの事故直後、福島第一原発の近隣町村の住民は役場ごと、他市町や他県に避難しました。わたしは、事故の翌年の2012年1月、埼玉県加須市に役場ごと避難していた双葉町の井戸川克隆町長(当時)を訪ねました。(写真=2012年1月、埼玉県加須市に役場ごと避難していた双葉町の井戸川克隆町長を訪ねて、右側が井戸川町長、左側が筆者)

 

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 井戸川町長は「自分も原発を誘致したことに共同責任がある」と認めながら、当時の民主党野田政権の「事故収束宣言」を「とんでもないこと」と怒っていました。
 井戸川町長はわたしたちが取り組んだ人形峠のウラン残土問題に寄せて、「人形峠の加害者である原子力研究開発機構がフクシマの事故処理をすることをわたしは認めない」と語っていましたので、その井戸川町長から「人形峠の状況を知りたい」とわたしたちのウラン残土市民会議にメールがきたのをきっかけに、わたし自身が加須市の双葉町の避難先を訪ねたのでした。
 住民避難の問題に関連して指摘しておきたいのは、フクシマ事故の2週間後、東京都も含む半径250キロ圏の膨大な住民が避難対象になる、という最悪のシナリオを当時の民主党菅政権が想定していたということです。
 ということは、一歩間違えば、東京都も含む首都圏や関東の大量の住民避難もあり得たということです。

 

2 被災と汚染の現場を見て


 さきに申しましたように、わたしたちの反原発運動全国連絡会のフクシマ被災地現地視察は、お手元の資料NO・1の3 「フクシマの避難区域」の地図一番下のいわき市から北上して、広野町、楢葉町、富岡町までです。
 被災地現地視察の案内をして下さったのは、いわき市の市会議員で福島原発告訴団副団長の佐藤和良さんで、被災地の状況と背景を分かりやすく解説してもらいながらの得難いひとときでした。
 これからその被災地のスナップ写真を順次紹介します。6 「津波被害①」は、いわき市久之浜の防災緑地工事の現場です。向こう側が海岸で津波に洗われましたが、右手に神社の建物と鳥居が残っているのが目につきます。神社は少し高台にあったため、かすかに津波からまぬかれたのです。
 いわき市の津波の被害は宮城県の仙台市に次ぐと言われ、10万棟の家屋が倒壊したそうです。
 つぎの7 「津波被害②」は、いわき市から広野町に向かう途中で目にした、津波に洗われて倒壊した民家の納屋です。(写真=津波に洗われて倒壊した民家の納屋)

 

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 8 「津波被害③」も、広野町から楢葉町に向かう途中、津波の被害に会いながら、田園地帯にポツンと取り残された民家です。
 広野町は昨年3月の避難区域の再編に先立ち、事故の7カ月後の2011年10月に野田政権により「緊急時避難区域」を解除されました。そして、安倍政権のもとで住民の帰還政策が進められていますが、案内してもらった佐藤和良さんの話では、広野町の住民6000人のうち戻ってきたのは5分の1の1200人だそうです。
 広野町では昨年から学校の授業も再開しましたが、子どもたちのために隣りのいわき市に仮設住宅を借り上げ、子どもたちをスクールバスで学校に通わせているそうです。
 9 「除染廃棄物」は、楢葉町の田園地帯に放射能で汚染された除染廃棄物をフレコンバックに詰めて、仮置きしている光景です。楢葉町に入ると、この除染廃棄物のフレコンバックが、あちこちで目につくようになります。つまり、至る所のこのような放射能の黒い固まりがあるわけです。(写真=除染廃棄物を収容したフレコンバック群)

 

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 その除染廃棄物のフレコンバック群が一望に見渡せる楢葉町の天神原遺跡の小高い丘に設置されている放射線の自動測定器は、1時間当たり0.441マイクロシーベルトを示していました。これを年間に換算すると、3.86ミリシ-ベルトつまり4ミリシ-ベルト弱なります。
 10 「廃屋」は、地震で屋根が崩れた楢葉町の廃屋です。さきの4 「避難区域の再編」の地図で見たように、楢葉町は「避難指示解除準備区域」で、住民は日中は自由に帰宅できますが、夜間の宿泊はできません。
 わたしたちの被災地現地視察のマイクロバスは、最後に楢葉町から富岡町に入りました。11 「常磐線富岡駅」の壊れた駅舎とホームは津波・地震・原発災害の惨状をいまもありありと伝えています。(写真=地震・津波・原発事故の惨状を伝える常磐線富岡駅)

 

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 東京大学と福島県のチームが福島第一原発から半径20キロ圏内の「警戒区域」で津波の痕跡を調査したところ、富岡町の21メートル超を最大として、原発周辺で12メートルから16メートル前後の津波の跡を測定しています。いずれも東電が想定していた津波の高さ5.7メートルをはるかに超えています。
 富岡駅前の12 「富岡町のみどころ紹介」の看板も、福島第一原発の事故で一瞬のうちに夢と消えてしまい、打ち捨てられた町となりました。
 13 「子どもたちの未来のために」も、富岡駅前のスナップ写真ですが、電信柱の向こうの屋根に東北電力の看板があります。このスナップ写真では小さくて読めませんが、看板に「子どもたちの未来のために」の文句が刻まれているのです。
 福島第一原発は東京電力が手掛けたものですが、福島県は東北電力の管内で原発も計画していたから、こんな看板があるのでしょう。なんとも皮肉な看板です。
 むろん、事故当時、富岡町は「警戒区域」で立ち入り禁止のため、住民は全員避難し学校もすべて閉鎖されました。14 「富岡第二小学校」は、その閉鎖された小学校の1つで、現在は「居住制限区域」に含まれます。横づけのクルマはわたしたち視察団のマイクロバスです。この小学校の入口横には幼稚園も併設されていますが、これまた閉鎖されたままです。
 富岡第二小学校に設置されている放射線の自動測定器は、1時間当たり1.538イクロシーベルトを示していました。これは年間に換算して13.5ミリシーベルトになります。やはり異常に高いですね。
 15 「廃校のグラウンド」は、草ぼうぼうの富岡第二小学校の校庭のありさまです。さきの電力会社の文句を裏返せば、これこそ原発が「子どもたちの未来のために」残したものです。(閉鎖された富岡第二小学校の草ぼうぼうの校庭)


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 富岡町は昨年3月の避難区域の再編により、「居住制限区域」と「帰還困難区域」に二分されました。もう一度繰り返しますと、「居住制限区域」は年間20ミリシーベルトから50ミリシーベルトで、数年で帰還を目指す区域です。「帰還困難区域」は、年間の放射線量は50ミリシーベルト超で、5年以上戻れない区域です。
 わたしたちは被災地現地視察で、富岡町の「居住制限区域」と「帰還困難区域」の境界の場所まで行きました。16 「帰還困難区域につき迂回」は、「居住制限区域」から「帰還困難区域」に通じる交差点の看板です。
 つぎの16 「帰還困難区域につき通行止め」も、「帰還困難区域」に通じる道路の通行止めの看板です。のどかな田舎町や田園風景も目に見えない放射能のため人の住めない土地になっていたのです。(写真=立ち入り禁止の帰還困難区域につき通行止めの柵)

 

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 以上が、反原発運動全国連絡会のフクシマ被災地現地視察で、わたしたちがいわき市から広野町、楢葉町、富岡町までたどった行程のあらましです。視察団は富岡町で折り返して、いわき市まで帰りましたが、案内してもらったいわき市の市会議員の佐藤和良さんの話では、いわき市には被災した双葉郡の避難者が集中し、土地価格の上昇率が全国第3位だということでした。

 

3 放射能・汚染水・廃棄物

 

 ここで、放射線の基礎知識をおさらいしておきましょう。まず。「放射能」と「放射線」の区別からいきますと、「放射能」とは「放射線を出す能力」のことで、「放射線を出す能力のあるもの」すなわち「放射性物質」を指すこともあります。
 放射線は人間や生物に傷害を与えます。18 「放射線障害」で示したように、放射線障害には「急性障害」「晩発傷害」「遺伝障害」の3種類あります。「急性障害」はすぐ発病するもので、即死、やけど、出血、脱毛などです。
 「晩発傷害」は何年かあとに発病するもので、白血病、ガン、不妊症、白内障などです。「遺伝障害」は放射線で生殖細胞が侵されて子孫の代に現れるもので、奇形児、脳障害などです。
 ところで、フクシマの被曝に関連して、漫画雑誌『ビッグコミック・スピリッツ』の「美味しんぼ」シリーズの「福島の真実」の連載記事に鼻血の表現があるというので、佐藤福島県知事や石原環境大臣や御用学者たちがかみつき、「美味しんぼ」論争が起きています。
 日本科学者会議系の安斎育郎や野口邦和らも非難の合唱に加わって、フクシマの被曝で鼻血が出ることはないと「科学的」に「断言」していると聞いて、わたしは「さもありなん」と考えました。なぜなら、わたしが『原発と御用学者』(三一書房、2012年)の第5章「原子力発電所を擁護した戦後の科学運動」で批判的に論評したように、日本科学者会議系の学者たちは当時の共産党中央の方針に従って条件付き原発容認派であったからです。
 わたしは漫画「美味しんぼ」は読んでいませんが、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークなど福島の4団体は5月14日、漫画「美味しんぼ」への福島県の対応に対して、表現の自由や事実の歪曲といった観点から抗議文を佐藤雄平知事に出しました。
 いわき市の佐藤和良さんも5月17日のわたしたちの反原発運動全国連絡会で、政府の介入をむかしの記録映画のタイトルの『圧殺の森』になぞらえて、真実を隠すものと批判されていました。
 放射線による鼻血は急性障害の一症状です。むろん、いまフクシマで少なからぬ人たちが体験している鼻血を被曝によるものとは科学的に断定できませんが、それが被曝と関係ないと断定するのも非科学的です。
 被曝と鼻血の因果関係は個別のそれぞれの事例で具体的に立証できないとしても、「被曝によって人体にはあらゆる病状が起こりうると思っていますので、あらゆる可能性を排除しないで、調査するのが、科学的な態度です」(前掲『人民新聞』のインタビュー)、との小出裕章さんの言葉に耳を傾けるべきだとわたしは考えます。
 19 「放射線障害」で、これらの放射線障害が現れる放射線のレベルを見ておきましょう。「急性障害」は250ミリシーベルトから現われ、1500ミリシーベルトで一部死亡、4000ミリシーベルトで半数死亡、6000ミリシーベルトで全員死亡となります。
 一方、「晩発(性)障害」や「遺伝(的)障害」は、非常に低線量からでも線量に応じて現われ得るものです。一般に、放射線障害は被曝線量に比例して増大するもので、一定の線量以下なら安全といったいわゆる「しきい値」は存在しない、というのが科学の常識です。
 原発の推進派や御用学者はこの「しきい値」説を取って、低線量での被曝は人体に影響がないと言い、年間50ミリシーベルトあるいは100ミリシーベルト以下なら「安全だ」「大丈夫だ」、とのウソやデマを振りまいています。
 たとえば、フクシマ事故直後、長崎大学教授から福島県立医大の副学長に招聘された山下俊一は、福島県内の各地の講演で〝安全〟を〝安売り〟し、「ニコニコしている人のところには放射能は来ない。クヨクヨしている人のところに来る」と話して歩き、「100ミリシーベルト以下心配無用」を唱えました。 
 20 「放射線の規制値」で、日本の法令を見て下さい。一般公衆の被曝許容線量は年間1ミリシーベルトです。管理区域設定規制値は5.2ミリシーベルト、放射線業務従事者の被曝許容線量は20ミリシーベルト、原発作業員の通常時の上限は50ミリシーベルト、福島原発の復旧作業につき上限の50ミリシーベルトは撤廃しましたが、5年間で100ミリシーベルトは維持。原発作業員の緊急時の上限は積算で100ミリシーベルト、福島原発の復旧作業の上限は積算で250ミリシーベルトとなっています。(表=日本の放射線の規制値)

 

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 さきにフクシマの被災地現地視察のさいの富岡第二小学校の放射線量が年間換算で13.5ミリシーベルトと申しましたが、この線量は法令による管理区域設定規制値の5.2ミリシーベルトを超えています。
 それでは、富岡町以外の福島県の状況はどうか。21 「積算放射線量の推定値」を見てみましょう。これはわたしの『フクシマ・沖縄・四日市』の地図の再録で、文部科学省の2012年3月11日の推定値より作成したものです。(地図=フクシマの積算放射線量の推定値)

 

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 これによると、浪江町の昼曽根で225ミリシーベルト、赤宇木で219ミリシーベルトと異常に高い値を示しています。これらの値はさきに見たばかりの福島原発の復旧作業の上限の250ミリシーベルトに近い。つまり、ここに住む住民は福島原発の復旧作業者とほぼ同様の被曝をしているに等しいわけです。
 (わたしのあとに講演された佐藤淳子さんの出身地の川俣町も、山木屋というところで48ミリシーベルトと非常に高い線量を記録しています ― 追記)
 ちなみに、原発から56キロの県庁所在地のある福島市の大波滝ノ入で12.9ミリシーベルトで、さきに見た「居住制限区域」の富岡町の富岡第二小学校の13.5ミリシーベルトに近い。
 ところで、いま見た積算放射線量は2年前の2012年3月時点の推定値なので、それから2年後の今日ではもっと高い値になっていることは間違いありません。
 放射線の危険度を判断するのに、いま見た規制値が1つの参考になるかと思いますが、これは行政的なガマン量であって、科学的な危険度はもっと厳しいと考えた方がいい。わたしは、「10ミリシーベルトでガン死が3%ふえる」つまり「100人に1人のガンによる超過死亡」との最新の知見を手がかりに、放射線の危険度を見ることにしています。
 この仮説は最近、北海道の深川市立病院内科部長で反核医師の会の運営委員の松崎道幸さんが、文部科学省の委託による放射線業務従事者の疫学調査や医療被曝のデータの検証を総合して打ち出した最新の知見です。
 わたしはこの最新の知見を「えねみら・とっとり」のスカイブ講演で知り、さっそく『フクシマ・沖縄・四日市』で紹介しました。この本は小出裕章さんとの共著『原発のないふるさとを』ともども、受付けの所に置いて販売していますので、興味のある方は手に取ってみて下さい。
 ここで、フクシマの放射能汚染水のダダ漏れの問題に移ります。この問題は、昨年秋の教研集会におけるわたしの講演「放射能汚染水のダダ漏れと小泉純一郎の脱原発宣言をめぐって」(本ホームページの放射能汚染水のダダ漏れと小泉純一郎の脱原発宣言をめぐって)、および、受付けに置いています『フクシマ・沖縄・四日市』で、ややくわしく取り上げましたが、最新の情報を加味して要点だけ簡潔に報告します。
 放射能汚染水のダダ漏れは、①放射能で汚染された地下水の海への流出②地下坑道からの汚染水の海への流出③地上タンクからの高濃度汚染水の海への流出 ― の3つのルートで起きています。
 汚染水の1つ目のルートの地下水の放射能汚染について見ると、福島第一原発周辺の地  下水は1日1000トンの流れがあり、このうち400トンが原子炉建屋の地下に流れ込んでいるとされています。
 しかし、破壊された原子炉の炉心冷却のため1日400トン注入している冷却水が、底に穴が開いているため、その穴から高濃度の放射能が流れ落ちて、地下水を汚染しています。
東電はこの流れ込む原子炉建屋直下の地下水400トン、および、底抜けの原子炉の冷却水400トンの計800トンの高濃度の汚染水を汲み上げ、セシウムを除去したうえで400トンは冷却用に循環させ、残りの400トンを地上タンクに移送して保管しているはずです。
 汚染水の2つ目のルートは地下坑道で、東電が汚染水の流れ込む地下坑道の漏れ口を塞ぐことを怠ったために起きたものです。
 汚染水の3つ目のルートたる地上タンクには、1日400トンの高濃度汚染水を保管してきたことになっていますが、昨年秋その高濃度汚染水が300トンも漏れ出て、排水溝から港湾外の海に流出しました。その海に流出した300トンの高濃度汚染水には、なんと総量60兆ベクレルの放射能 ― それも、驚くなかれ、広島原爆の半分のストロンチウムが含まれていました。
 安倍首相は昨年9月、ブエノスアイレスで東京オリンピック誘致のため、「汚染水はコントロールされており、その影響は完全にブロックされている」、と大見えを切りました。あたかも、福島第一原発の港湾全体や周辺海域が〝真空パック〟で〝密閉〟されているかのごとき、舌先3寸の大ボラ発言の真っ赤なウソは、こんな見え透いたウソは小学生のアタマでも分かることです。水は流れるものだからです。
 放射能汚染水のダダ漏れが始末におえないものだから、政府と東電は原発建設会社の大手ゼネコンたる鹿島建設の提案で23 「凍土壁計画」を打ち出し、これを進めようとしています。この「凍土壁計画」は福島第一原発の四方に土を凍らせて凍土壁なるものを張り巡らせ、地下水の原子炉建屋への流入を防ごうとするものです。しかし、この凍土壁計画がうまくいくかどうかは定かではありません。
 しかも、凍土壁の建設に数百億円もかかるうえ、土を凍らせる冷却用電気代に年間数十億円の巨費を必要とします。福島第一原発の廃炉まで数十年間も凍土壁を維持するとしたら、さらに膨大な費用を食うわけで、「いったい何のための原発か」、と問い直さざるを得ません。
 東電は去る5月21日から ― この日はあの画期的な大飯原発差止めの福井地裁判決が出た日ですが、東電は原子炉建屋の地下に流れ込む地下水の量を抑えるため、福島県や関係自治体や漁業関係者を説き伏せて、建屋の山側に掘った12本の井戸から地下水を汲み上げ、これを海に流す「地下水バイパス計画」に着手しました。この21日に汲み上げて海に流した地下水は、約560トンにのぼります。
 しかし、この12カ所の地下水汲み上げ井戸は、膨大な汚染水が貯蔵されているタンク群の下流にあり、タンク群から漏れ出た汚染水が混じっています。東電は1リットル当たりのセシウムなどの濃度が放出基準以下であることを確認して放出すると説明していますが、放出する汚染地下水の総量規制がありません。
 このため、佐藤和良さんらの脱原発福島ネットワークなど脱原発団体は5月20日、「地下水バイパス」という「意図的な放射能汚染水の放出」の中止を求めて、福島県内外の76団体の要請書を東電に提出するとともに、翌21日にはいわき市の四倉海岸で「STOP汚染水・海を汚さないで!緊急アクション」を起こしました。
 フクシマ事故による膨大な放射性廃棄物のあと始末も大問題で、24 「中間貯蔵施設」の地図で示したように、放射性廃棄物の中間貯蔵施設の建設候補地は、福島第一原発のある双葉町と大熊町ですが、両町と福島県はまだ建設を受け入れていません。このため、政府は何とか受け入れてもらおうと、両町の約16平方キロの用地買収と補償方針を5月中にも示す、と伝えられています。
 「中間貯蔵施設」と言っていますが、わたしたちが取り組んだ人形峠周辺のウラン残土問題、なかんずく、湯梨浜町(旧東郷町)方面(かたも)地区のウラン残土撤去運動の痛切な経験からすれば、「中間貯蔵施設」が「最終処分場」になる可能性はきわめて高く、いずれにせよ廃炉処分ともども解決困難な難題であると言わざるを得ません。

 

4 それでも原発再稼働か?


 わたしの講演もそろそろ締めくくらねばなりません。これまで見てきたようなフクシマの現実を直視するなら、「それでも原発再稼働か?」と言いたくなります。フクシマのあと始末だけでも解決困難な難題なのに、これを放ったらかして原発のゲの字も口にできないはずだ、とわたしは言いたい。
 にもかかわらず、安倍政権はまるでフクシマなどなかったかのように、原発再稼働だの原発輸出だのと言い立て旗を振っています。政府は原発再稼働に向けて、原発立地自治体に避難計画を出せと強要し、島根県は25 「島根原発の避難計画」の概略図でわたしが示したような避難計画を策定しています。島根原発から30キロ圏内に境港市と米子市を抱える鳥取県も、やはり避難計画を立てさせられています。
 それによると、島根原発の重大事故が起こったら、島根・鳥取両県の30キロ圏内の47万人の住民のうち、島根原発周辺の住民は島根県西部に12万5000人、広島県に16万9000人、岡山県に10万1000人、それぞれ避難させる計画です。鳥取県の境港市と米子市の30キロ圏内の7万3000人も県東部に避難させるとしています。(地図
島根原発の避難計画)

 

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 皆様、この計画をよほどおかしいとは思われませんか。島根原発の避難計画は、隣接の各県にモノという物資ではなく、避難者というヒトの〝配給〟を〝割り当てて〟ているわけです。これはヒトをモノ扱いする官僚や行政の身勝手な〝机上計画〟、すなわち、〝絵に描いたモチ〟にほかならないとわたしは考えます。
 島根原発だけでなく全国の原発立地自治体の30キロ圏内には延べ480万人の住民が住んでいます。地震や津波のような自然災害ならともかく、これだけ大掛かりな避難計画を立てねばならない発電所が、どうしても必要なのか。太平洋戦争を始めた日本の為政者や軍部も、全国で何百万人に及ぶ住民の疎開計画を立てて、戦争に臨んだのか。
 きょう5月25日の『朝日新聞』1面トップに、驚くべきニュースが出ています。「内閣府は、静岡県にある中部電力浜岡原発で重大事故が起きた場合、原発周辺の住民96万人の避難を受け入れるよう、関東・中部地方の12都県へ月内にも通知を出す方針を固めた」と。これはあらかじめ疎開計画を立てて戦争に臨む、という戦前の為政者や軍部にもなかった発想です。
 わたしはこれを安倍政権が民衆に仕掛けた〝宣戦布告〟と受け止めます。憲法を反古にした集団的自衛権の容認により、海外での戦争に打って出るのに先立って、安倍政権は国内で無数の民衆を道連れに戦争状態をつくりだし、〝毒食わば皿まで〟の〝原発焦土作戦〟に臨もうとしているのです。フクシマで痛いほど実地に体験させられたように、〝原発焦土作戦〟は子どもや若者に赤紙を突き付け、〝放射能の戦場〟に送りだす行為にほかなりません。
 現在、フクシマ以後の事実がはっきり示すように、日本は〝原発ゼロ〟で十分やっていけるのに、国民の圧倒的世論に背を向けて、〝死に体〟の原発を無理やり再稼働させるためにです。
 現在、再稼働に向けて原子力規制委員会に安全審査を申請した原発は、26 「それでも再稼働か?」の地図にあるように、8電力会社17原発に及びます。つい最近、日本原電が申請した東海第二原発を含めると、全部で18基になります。政府は「世界最高水準の基準」に従って審査するので、それを通った原発は〝安全〟だとの〝決まり文句〟を繰り返しています。しかし、文字通り「世界最悪」のフクシマ事故の否定しようのない現実をよそに、「世界最高水準」といった言葉がどこから出てくるのか。 
 まったく、ブラック・ユーモアのギャグと言わざるを得ません。〝原発再稼働路線〟ならぬ〝原発焦土作戦〟を突っ走る安倍政権の過熱したアタマを冷や水で冷やす必要があります。去る5月21日、大飯原発3、4号機をめぐって福井地裁は再稼働を認めない差し止め判決を出しました。わたしはこれをのぼせたアタマの過熱した〝原発焦土作戦〟の冷や水となる〝冷却水〟と受け止めます。
 と同時に、このたびの福井地裁の大飯原発差止め判決が、原子力マフィアに取り込まれた日本の司法がマフィアの呪縛から脱却して、司法の独立と再生へと向かう第一歩になればと願います。
 (追記)本稿は5月25日の講演で、時間の関係で省略した箇所を補い、若干の補足と加筆を加えたものです。