「反原発で猿になる!」/ 吉本隆明の死去/橋下徹の脱原発提案

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 本稿は、2012年2月25日のさよなら原発市民ネットワーク・とっとり(現・脱原発と未来のエネルギーを考える会、略称・えねみら・とっとり)主催の講演会『知りたい!本当のこと!どうなってるの?島根原発?』における、土井淑平の「マスコミ、本当のこと伝えてますか?」の講演で、時間の関係で報告できなかった部分のメモを加筆・改稿したものです。

 

「反原発で猿になる!」と吠える猿たち

 吉本隆明と石原慎太郎 、中沢新一の見苦しい弁護論

  (追記1)吉本隆明の死去と戦後思想家としての評価

  (追記2)橋下徹ら大阪府市の脱原発への具体的な提案

 

1 吉本隆明と石原慎太郎の遠吠え


 新年早々の『週刊新潮』の新年特大号に載った「「反原発」で猿になる!」という吉本隆明のインタビュー、並びに、これに共感して反原発をボロクソに罵倒している東京都の石原慎太郎の発言を取り上げ、日本の言論界の閉塞状況を批判しておきます。
 吉本隆明は、わたしが『原子力マフィア』の第3章「A級戦犯の戦後思想家 ― 原子力産業のPRでピエロを演じ続ける吉本隆明」で、それこそ徹底的に完膚なきまでに批判した文芸批評家で、いまだ時代遅れにも「戦後最大の思想家」と拝む〝吉本真理教〟の信者もいるほどです。わたしとは面識のない平井玄が『サンデー毎日』(2012年2月19日)の「一冊の本」という書評欄で、「その3分の1近くを占める「戦後最大の思想家」吉本隆明への罵倒が本書の白眉である」、と評してくれています。
 その吉本隆明はフクシマの大惨事もどこへやら、原発は人類と文明の進歩の到達点だから、これを捨てることは人間が猿に戻ることだ、とそれこそ猿のように吠えています。そもそも、『週刊新潮』は昔から品性下劣な週刊紙の最たるものでしたが、『原子力マフィア』の第2章「原子力マフィア総批判 ― 産・官・政・議・学・報・労」5「抱え込まれた御用学者とマスコミの記者たち」に挙げた電力会社の広告ランキングの4位の雑誌で、吉本をダシに原発を担ぐのも無理からぬことです。
 原発推進派の東京都知事たる石原慎太郎も2月10日、原発の是非を問う東京都の住民投票条例を否定する記者会見のなかで、この吉本隆明の「「反原発」で猿になる!」が気に入ったらしく、自らもう一匹の猿に変身して「私も同感ですな」と吠え合っています。そんなに原発が有難いものなら、原発を福島や新潟に押し付けて、電気だけ東京に持って行かず、東京都民の住民投票にかけたうえで、東京湾を埋め立ててでも原発を誘致したらどうか、ついでにフクシマの核廃棄物の中間貯蔵施設や最終処分場も引き受けたらどうか、とわたしは石原慎太郎に進言したい。
 わたしに言わせれば、「「反原発」で猿になる!」と猿のように吠える吉本隆明や石原慎太郎の発言こそ、猿並みの知恵をさらけ出した猿族の遠吠えである。原発は大伽藍の湯沸かしで蒸気を発生させ、それでタービンを回している原始的なボイラー技術の破滅的なスケールアップにすぎないのに、それが人類と文明の進歩だの、あるいはまた、科学技術の発展の極致だなどと言われたら、思わず吹き出したくなります。平井玄も「吉本さんのお言葉はほとんどギャグだ」と書いている通りです。
 石原慎太郎が石原新党を立ち上げるというニュースを目にしました。橋下徹の維新の会も、みんなの党も、こんどの衆院選に出るようです。わたしは出来の悪い党ばかりだと思います。いずれも教育問題や労働組合について反動的な政策と思想の持ち主です。いずれも沖縄基地やTPPでアメリカへの対米追従は変わらない。ただ、原発に関しては、みんなの党と維新の会は、少なくともこれまでのところ、発送電分離で脱原発と言っています。本当にこの方針を掲げて貫くならば、この点に関しては限定的に歓迎し支持できます。
 最近の報道では大阪・京都・神戸の3政令指定都市が2月27日、①脱原発依存に向けた具体的スケジュール②発送電分離の早期実現③電力需給の情報開示④電気料金の減額・安定化と徹底的なコスト削減 ― の4項目を盛り込んだ意見書を共同で関西電力に提出しました。維新の会がエネルギー問題で飯田哲成を顧問にしたとの報道も目にしましたが、わたしは飯田哲成には原発推進のブレーキ役として ― というよりも、脱原発に向けてアクセルを踏むように、と橋下徹に進言してもらいたいと願います。
 ただ、残念なことに、原発の賛否を問う住民投票の実施を目指す市民団体「みんなで決めよう 『原発』国民投票」が、投票実施に必要な条例制定を請求したことを受けて、橋下徹は2月20日の市議会運営委員会に市民団体が作成した条例案と自身の考えをまとめた意見書を提示しました。意見書のなかで「投票を実施する必要性は乏しい」と指摘し、条例制定に反対する意向を明らかにしています。現在の議会制度や政党制度に代わって、ないしは、少なくともそれを矯正する制度として、住民投票や国民投票を主張しているわたしとって、これは橋下徹の評価点を決定的に下げるマイナス・ポイントです。
 わたしは『原子力マフィア』の第2章「原子力マフィア総批判」の8「労使一体で原発を推進する労働組合と政党」で、電力会社は自民党に献金し、労働組合の電力総連は民主党に献金し、つまるところ労使一体で2大政党の自民党と民主党を金縛りにし、巧みに操縦している実態を暴露しました。
 それゆえ、わたしは民主党と自民党による2大政党は即刻崩れるべきだと考えますので、さきに見たいかがわしい体質の政党も含めて、このどうしようもない2大政党の間に割って入り、複数の新党が民主党と自民党の票を食って、多党化と流動化が起こることを望みます。少なくとも、政党政治ないしは議会政治の枠内では、この多党化と流動化のなかで、原発推進か脱原発かの議論が、公然と起こるしかありません。

 

2 中沢新一による吉本隆明の見苦しい弁護論


 わたしは無党派市民の活動家ですので、いかなる政党にも所属しませんし、また期待もしていません。緑の党に期待すべきではないかとの意見もあるでしょうが、今日の政党政治と議会政治の現状と限界からして、わたしは非常に懐疑的です。
 つい最近、みどりの未来がこの夏にも緑の党を立ち上げる、とのニュースを目にしました。たしか、みどりの未来は地方議員を軸にした一定の実績をもつ市民運動のネットワークだったと思いますので、その地方議員のネットワークの延長上に、緑の党を構想したり国会に議員を出したりするのは理解できます。
 しかし、これもつい最近の新聞で目にしたのですが、文化人類学者の中沢新一や評論家の内田樹が、「緑の党のようなもの」と称して立ち上げたグリーン・アクティブには、わたしは何の期待も持ちません。むろん、学者や文化人のいわば〝文化サークル〟ないしは〝文化人サークル〟としての活動には、それなりの意義はあるでしょうから、それなら「緑の党のようなもの」と政治に色目を使うヌエみたいなことを言わず、自分たちは文化運動をやるのだと言えばすっきりするはずです。
 中沢新一は内田樹との『週刊現代』(2012年3月3日)の対談で、さきに取り上げた吉本隆明の「「反原発」で猿になる!」を「科学技術そのものを否定してはいけない、と言いたかったんだと思う」と見苦しい弁護をした挙句、「石原慎太郎さんが「吉本隆明もサルになると言っている」と引用したことで、「原発推進」の論理にすり替えられてしまう。ほんとうに吉本さんがおいたわしくて」などと、この期に及んで論点をズラして「原発推進」どころか「原発賛美」の吉本隆明にヨイショしています。
 ここには、中沢新一のなし崩しの巧妙で完全なスリカエがあります。石原慎太郎が同調したから吉本隆明が「原発推進」と見られるのではなく、わたしが『原子力マフィア』で具体的な論点を列挙してくわしく吉本隆明の言説を追及したように、吉本自身が佐高信の『原発文化人50人斬り』(毎日新聞社、2011年)のいわゆる「原発推進」の「A級戦犯」の張本人であって、ゴリゴリの「原発推進」どころか「原発賛美」の論陣を張ってきたことくらい、中沢新一も先刻承知のはずではないか。それを石原慎太郎の言説にかこつけてなし崩しにしようというのは、吉本隆明にヨイショしてきた中沢新一の搦め手からの見苦しい自他の弁護論だと思います。
 わたしは1月31日の東京での講演「原子力マフィア ― 最新の状況と資料を踏まえて」でも、吉本隆明が元自衛隊航空幕僚長・田母神俊雄とともに、新右翼というか超右翼の雑誌『撃論』(2011年10月)に登場し、「反原発は文明の放棄だ」などと馬鹿なことを言っていることを批判しましたが、ここでも中沢新一が巧妙なスリカエをやって吉本隆明を弁護してヨイシュしていることを指摘しました((前掲土井の公式HP http://actdoi.com の講演記録「原子力マフィア ― 最新の状況と資料を踏まえて」の7「吉本隆明にブラ下がるダラシない日本の言論人」)。
 すなわち、中沢は『DOMMUNE』(2011年11月)という雑誌で、「(原発の)反対派の意見がいわゆる左翼運動の中から出てきたことで、イデオロギー的な構造を持ってしまった」と述べ、吉本隆明が「反・反核」や「反・反原発」を言ったのはそのためだ、とこれまた搦め手から吉本を弁護しようとしています。吉本は擬制左翼を批判してきたので一貫しているのだとでも言いたいのでしょうが、おっとどっこいそう簡単に問屋はおろせませんよ。
 わたしが新著『放射性廃棄物のアポリア ― フクシマ・人形峠・チェルノブイリ』(農文協、3月5日発売)の第3章「右であれ左であれ わがふるさと ― 日本の原子力開発と反原発運動の歴史」で強調したように、日本の反原発運動は左翼運動どころか保守地盤の地域住民運動として、イデオロギーではなく生活者としての実感の中から生まれてきたものです。このような事実も踏まえずアタマのなかの観念で、吉本の言説に合わせて事実や歴史をねじ曲げてもらったら困ります。
 中沢新一によれば、吉本隆明が「原子力を否定することは人間がサルに戻ることだ」と発言したのも、「おそらく真意は別のところにあった。科学技術そのものを否定してはいけない、と言いたかったんだと思う」というが、これまたなし崩しの巧妙なズラシないしはスリカエの論法です。これについても、わたしはさきの『原子力マフィア』で微に入り細を穿って、吉本隆明の貧弱な科学観と科学技術観を具体的に批判しているので、これを参照していただきたいと思います。
 ついでに言えば、座談会で中沢新一と対談している内田樹の「テクノロジーにいいも悪いもない。使われ方だ」もお粗末かつ陳腐な科学技術観で、これまたわたしがさきの『原子力マフィア』でオルターナティブ・テクノロジーの理論家デイビッド・ディクソンの言葉を引用して強調したように、「工業化のイデオロギー」ないしは「科学主義という名のイデオロギー的まやかし」であり、かつて技術革新が「中立的」であったためしはなく、物質的な意味でも象徴的な意味でも、つねに「政治的過程の一部」だったのです。
 早い話、たとえば原爆や水爆を製造する核技術というテクノロジーは、どんな使われ方をすればよくなり、どんな使われ方をすれば悪くなるのか、ひとつ街場の市民にも分かるように説明してもらいたい。
 「緑の党」であれ「緑の党のようなもの」であれ、あるいはまた、政治運動であれ文化運動であれ、1つの運動を推進しようとするリーダーには、それなりの一貫した主張と責任が必要です。これまで自分がヨイショしてきたからといって、これから進めようとする運動の理念や目標に照らして、まるで180度も相反する主張を弁解がましく弁護したり取り繕うのは、自己矛盾もはなはだしく姑息で見苦しいとしか言いようがありません。少なくともリーダーたるものは、ヌエや二股膏薬のような言説や態度が、その運動の品質と信用を初めから失墜させることを自覚すべきです。

 

(追記1)吉本隆明の死去と戦後思想家としての評価


 吉本隆明は2012年3月16日に87歳で亡くなりました。まずはご冥福をというところですが、この著名な戦後思想家を批判的に考察し追跡してきた数少ない論者が、こんな月並みな挨拶で見送るのはあまりにも日本的で、少なくとも活動を通して批評の世界に多少ともかかわってきた者として、わたしなりの考えを公けにするのが礼儀かと思います。吉本隆明の晩節は老いの一徹で、フクシマの大惨事もどこへやら、「四つんばい」になっても「科学技術に退歩はない」「原発をやめてしまえば、進歩がなくなる」(『毎日新聞』2011年5月27日夕刊)、あるいはまた、「科学に後戻りはない」(『日本経済新聞』2011年8月5日)、と度し難い進歩史観の科学技術信仰で原発礼賛を繰り返してきただけではありません。
 若かりし頃の右翼青年のクセが抜けないのか、さすが軍服こそ着ていないものの、「福島の放射能避難は〝平成の強制連行〟だ」とのたまう元航空幕僚長の田母神俊雄などと一緒に、新右翼ないしは超右翼の雑誌『撃論』(オークラ出版、2011年10月)に威風堂々と登場し、のっけからたとえば「高さ10キロの煙突をつくり、排気物質や放射性物質は、上空高くに移動させて、人間の生活範囲内にこないようにする」などと、子どもだましのSFアニメ風のタレ流しをしています。これはかつてチェルノブイリ事故直後、吉本が断言した「核廃棄物を打ち上げて宇宙代謝する」(『家庭画報』1986年8月号)、と寸分変わらぬ馬鹿げた妄想であることはいうまでもなく、わたしが「通俗科学」と「少年クラブ的発想」と呼んだものにほかなりません。
 さすがに、この見苦しい老醜というか老残のタレ流しを憂いたのか、2女の吉本ばなながツイッターで、吉本隆明がまだらボケの状態であることを示唆しつつ、「父のことですが、もうあまりちゃんと話ができないので、まとめる人の意訳があるかと。私が話したときは基本的に賛成派ではなく廃炉と管理に人類の英知を使うべきだ的な内容ではないかと察します。一部をとりあげて問題にするのはどうかやめてください」、とダウン寸前の父親に救援のタオルを投げ入れたそうです。
 しかし、『毎日新聞』『日本経済新聞』『撃論』『週刊新潮』の発言を見る限り、吉本隆明はシャンとしていてまだらボケとは取れませんでした。吉本ばななの「(父は)基本的に賛成派ではなく廃炉と管理に人類の英知を使うべきだ」と言っているとの話は、父親をかばおうとする気持ちを痛いほど伝えるものとはいえ、それこそ完全なる「創作」による「意訳」と言わざるを得ないでしょう。これではまるで吉本隆明がジキル博士とハイド氏みたいで、家族の会話ではやさしいジキル博士なのだが、公けの発言では威丈高なハイド氏に変身して、いわば言説を使い分けていることになります。
 わたしはこれまで吉本隆明について、『反核・反原発・エコロジー ― 吉本隆明の政治思想批判』(批評社、1986年)、および、最近の『原子力マフィア ― 原発利権に群がる人びと』(編集工房朔発行、星雲社発売、2011年12月)の第3章「A級戦犯の戦後思想家 ― 原子力業界のPRでピエロを演じ続ける吉本隆明」で、ラディカルに批判しておいたつもりです。

 吉本隆明は左翼文学者の戦争責任の追求で戦後の批評活動を始めました。それが一定の意義をもつ仕事であったことはわたしも否定しませんが、しかし吉本隆明は戦争に加担しこれを推進した文学者たちの戦争責任をほとんどまったく追及していません。むしろ、それどころか、吉本隆明が軍国主義の右翼少年ないしは右翼青年として、一番よく知り尽くしているはずの大日本文学報国会や大政翼賛会 ― ひいてはまた、戦争を遂行した国家の権力や軍部の責任に頬かむりして、もっぱら左翼の戦争責任追及で右翼青年時代からのルサンチマンを晴らしたことは、わたしが『原子力マフィア』の第2章「原子力マフィア総批判」6「原発に翼賛するA級戦犯の思想家と評論家」で指摘した通りです。
 たとえば、吉本隆明は例の亡くなる直前の「「反原発」で猿になる!」(『週刊新潮』2012年1月5・12日新年特大号)でも、むろん大日本文学報国会にも参画し戦争に加担した小林秀雄が、戦後まもなくの頃に語ったという「戦争中と同じ考え方を今も持っているさ」の言葉を引用して、「小林秀雄という人は、考え方を易々として変えることをはしない。さすがだなあ、思いましたね」と感嘆しています。これは吉本隆明があとで取り上げる地下鉄サリン事件後も、麻原彰晃への賛辞を撤回も修正もしなかったことと軌を一にする発言と態度ですが、わたしがここで言いたかったのは、吉本隆明はうわべの人気と裏腹に、批評活動の出発点からして戦後思想家としての資質を根底から問われ、それが死ぬまで尾を引いているということです。
 『原子力マフィア』の序でも書きましたように、わたしのみるところ日本の戦後思想の枠組みに関連するキイ・ワードは、①日米安保と対米従属②高度経済成長と豊かな社会(大量生産・大量消費・大量廃棄)③それを支えた科学技術信仰と進歩史観④その結果としての環境破壊と公害でした。吉本隆明は①の日米安保に1960年安保闘争で反日共系全学連を支持してかかわり、新左翼知識人として一躍脚光を浴びましたが、それ以後の②③④では体制内知識人として総崩れの惨状を呈したのです。
 たとえば、②についていえば、吉本隆明には「大量生産・大量消費・大量廃棄」に立脚したいわゆる「豊かな社会」の内在的批判の視点がまったくありません。もともと、吉本隆明は「資本主義の制度が、歴史の無意識が産んだ最高の制度」(「ブランド商品小論」、共同通信配信「大衆文化季評」上、1986年2月)で「高度資本主義で大衆が解放されている」(『不断革命の時代』、河出書房新社、1986年)とする資本主義の礼賛者でしたが、ここからバブル期のデベロッパーとゼネコンの開発資本主義を「消費資本主義」とか「超資本主義」の名で称揚することによって、妄想のバブルならぬバベルの塔の屋上屋を重ねるに至ったのも、無理からぬことかも知れません(『超資本主義』、徳間書店、1995年)。
 すなわち、吉本隆明はバブル期のレジャーランド的な「消費資本主義」を「資本主義の産業経済的な最高の段階」と手放しで礼賛し、その「消費資本主義」が「超資本主義」に「超出」するとか、あるいはまた、「脱資本」を目指す資本や資本家が「高度資本主義」のもとで生まれる、などとうそ八百の弁証法的詭弁を弄しています。ある日、突然、有が無になり、「資本」が「脱資本」に、「資本主義」が「超資本主義」に変身する、この摩訶不思議な弁証法的詭弁は、その昔の戦時下わが東海の島国で、「絶対矛盾の自己同一」を説いた京都学派の弁証法的詭弁を思い出させます。吉本隆明による「消費資本主義」や「超資本主義」の礼賛は、要するに「消費は神様です」の一言に尽きるが、それを持って回った大げさな衒学的な言辞で、現状の追認に次ぐ追認で正当化するところに特色があります。

 吉本隆明の都市論集『像としての都市』や『ハイ・イメージ論』に集約されるバブル期の都市に関連する一連のエッセイが、あたかもタイム・マシーンに乗って1世紀前のアメリカに舞い戻るかのように、ニューヨーク・マンハッタンの摩天楼に高層化するマンモス都市・東京の未来像を見るあたり、1周どころか3周も4周も遅れてきたモダニストの印象をまぬかれません。これについてわたしは吉本批判を公けにしていませんが、都市の高層化と拡大化を批判した拙著『都市論〔その文明史的考察〕』(三一書房、1997年、本HPの「論文」に『都市論』関連情報)と読み比べてもらえば一目瞭然のはずで、コム・デ・ギャルソンの衣装をまといハイカラを気取った吉本隆明の時代遅れのダサさはいかんともし難いものです。
 いくら追悼文の祝儀相場とはいえ、中沢新一が吉本隆明の『ハイ・イメージ論』における「消費資本主義」礼賛に寄せて、これは「驚くべき仕事」で「そのとき吉本さんは、同時代の世界中のどんな思想家をも凌駕する、斬新で大胆な思考を展開してみせた」(『朝日新聞』、2012年3月18日)と持ち上げたのには、わたしもさすがに驚いて空いた口が塞がらないほどでした。
 吉本隆明による「大量生産・大量消費・大量廃棄」の「豊かな社会」の礼賛と美化は、③の西欧流の進歩史観と科学技術信仰に支えられ、④の環境破壊や公害問題の無知と無視につながります。まず、③はこれまで取り上げてきた科学技術の進歩と発展の観点からの原発礼賛でも明らかです。これについては、拙著『反核・反原発・エコロジー』の第5章「エコロジー」、並びに、『原子力マフィア 』の第3章「A級戦犯の戦後思想家」で批判した通りで、それはわたしの原発をめぐる科学論であり科学技術論でもありますので、これまた吉本隆明の所説と読み比べてみてほしく思います。
 これにも関連しますが、吉本隆明の西欧流の進歩史観たるや、「西欧近代」を「世界史の最高の段階」(『「反核」異論』、深夜叢書社、1982年)とする度し難いもので、世界史が東洋から西洋に向かって進歩し、ヨーロッパの近代で頂点に達するヘーゲルの思弁的歴史哲学の完全な2番煎じです。知の吹き溜まりのような東海の島国で、日本の「戦後最大の思想家」とやらから「ヘーゲル哲学」の講釈を聞かされたフーコーは、さぞかしビックリ仰天したことでしょう(『世界認識の方法』、中央公論社、1980年、および、拙著『反核・反原発・エコロジー』の結び「吉本隆明の政治思想批判」)。
 吉本隆明による④の環境破壊や公害問題の認識もひどいもので、高度経済成長に伴って列島各地で公害問題が噴出し市民の反公害運動が高まるや、公害問題は「企業内の化学技術者たちにとって、簡単な方法を見出しうる程度のものである」、とうそいぶいたのも吉本隆明でした。昨今の地球環境危機もどこ吹く風で、「拡大された汚染は縮小する手段の発見と発明につながり、環境の劣化は新たなすぐれた環境の創立へと向かうし、石油、水資源の枯渇はあらたなエネルギーと水合成の方法を産みだし、熱帯樹林の消滅は新しい樹林の植林へと循環する」(『試行』68号の「情況への発言」) ― と極楽トンボのごとく宙を舞う吉本隆明の空中浮遊も、空中浮遊の大ボラを吹き地下鉄サリン事件を引き起こした麻原彰晃を、「世界有数の宗教家」「世界有数の思想家」と持ち上げただけのことはあると思わせます。
 ちなみに、吉本隆明は麻原彰晃について、「浅原彰晃、つまりオウム真理教というのは、そんなに否定すべき殺人集団ではないよ。この人は宗教家としては現存する世界では有数の人だよ」「僕は麻原さんをとても重く評価します。人が考えているよりも、あの人はそんなにちゃちなものじやないぜ、負けられないぜ、と思うのです」(前掲『超資本主義』)、とホメ上げています。いやはや、「知の巨人」「戦後最大の思想家」の思想の幅は、なんとも広いものだと改めて感心(!)いや寒心(?)します。これでは、オウム真理教ならぬ吉本真理教の信者の修行も、とんでもないところまで振り回されてなかなか大変な苦行と言わざるを得ません。
 吉本隆明は原子力業界のタイコモチをつとめた原発のPR誌『原子力文化』創刊200号記念(1986年8月)の巻頭インタビューで、環境問題について「僕はそうです。とても楽天的です」と呑気な父さんを演じていますが、エコロジーに対しては「暗黒主義」「原始主義」のレッテルを貼って罵倒してきました。この伝でいけば、中沢新一が3.11以後強調している「贈与」も「野生の科学」も「アニミズム」も、「暗黒主義」「原始主義」のそしりをまぬかれないでしょう。だが、わたしが拙著『反核・反原発・エコロジー』の第5章「エコロジー」で強調したように、エコロジーのメッセージは「批判的」にして「統合的、改造的」なのです。
 フクシマの大惨事を受けて、「反原発で猿になる!」とそれこそ猿のように吠え、エコロジーを「暗黒主義」「原始主義」と罵倒する吉本隆明を、一方でこの上なく持ち上げて称賛しつつ、他方では素知らぬ顔で「脱原発」とか「エコロジーの大転換」とか「緑の党のようなもの」を唱える人たちの精神構造は、いったいどうなっているのでしょうか。
 もともと、吉本隆明は詩人にして文芸批評家として出発した人です。それらの領域における仕事や業績で吉本隆明は評価されるべきでしょう。それはわたしが取り上げるテーマではありませんが、戦後思想家としての評価はいまざっと見てきた通りです。

 むろん、戦後思想家としての評価で見落とせない論点として、1960年安保闘争から1970年前後の大学闘争にかけて、「自立の思想」「大衆の原像」「共同幻想」といった吉本隆明のキイ・ワードが、旧左翼から新左翼の移行期の安保世代や全共闘世代を惹き付け、いまなお熱心なファンのノスタルジアの源泉として、吉本真理教の信者たちの拠り所となっていることは事実です。
 しかし、これらの吉本隆明のキイ・ワードが新旧左翼の政治文化の転換を象徴したことは認めても、わたしがさきに挙げた戦後思想の重要な論点に批判的かつアクチュアルに切り結ぶものではなく、むしろ体制内知識人の自己合理化という反対の効果を持って、現状の追認に次ぐ追認に結果したことは忘れてならないことです。これについては、わたしにもし機会と時間が許されれば、「自立の思想」「大衆の原像」「共同幻想」をテーマに、あらかじめ市民と政治への出口を閉ざした非政治的な現状追随の教説として、政治思想の領域から根底的で批判的な考察を公けにする用意があります。

 日本には本当の意味で批評や論争が存在しません。わたしが本HPに掲載した講演「原子力マフィア ― 最新の状況と資料を踏まえて」(2012年1月31日の東京講演)の6「A級戦犯の戦後思想家としての吉本隆明」と7「吉本隆明にブラ下がるダラしない日本の言論人」で指摘したように、それは都会の大書店の「現代思想」の「吉本隆明」なるコーナーを吉本親衛隊のゴマスリ本がズラリと取り囲んで、自由な批評は許さんぞと言わんばかりに真理教の教祖をガードしている光景によっても象徴されます。ほとんどすべて吉本の声色や言葉を真似して吉本を語る、いわば声帯模写か腹話術のようなもので、およそ批評の名に値しない祭り上げか仲間ぼめばかりです。これは吉本隆明に関してとは限りませんが、自由な批評はどこにあるか!論争よ起これ!!とわたしは言いたい。

 つくづく思うのは、『反核・反原発・エコロジー』の結び「吉本隆明の政治思想批判」、および、『原子力マフィア』の第3章「A級戦犯の戦後思想家」11「吉本隆明とソクラテス」で凝縮して示したように、吉本隆明がソクラテスにソックリだということです。ソクラテスは石工の息子という下層庶民出身ながら、弁証法の起源をなす問答対話で相手かまわず「擬制だ!」「ニセモノだ!!」と否定に否定を重ね、問答が終わってみると自ら「最大の知者」として立ち現われるという「虚構」を演出しました。吉本隆明の知の身振りもこれによく似ていて、バベルの塔のごとき上昇志向で原子力のキワモノまでダイモニオンのお告げのごとく担ぎましたが、かれが安んじて帰り行くべき世界はべつにあったと考えるからです。

(2012年4月11日記)

 

《追記2》橋下徹ら大阪府市の脱原発への具体的な提案


 関西電力の原発稼働の是非を問う住民投票の実施条例案は3月14日、大阪市議会民生保健委員会で審議されましたが、住民投票にかかる経費が無駄だとする橋下徹市長の反対意見の影響もあって、27日の本会議で否決されてしまいました。住民投票と発議権の制度は、今日の議会制度の欠陥と限界をただす歴史的意義をもつもので、大阪の住民投票の実施条例案はその得難い機会を提供するチャンスだっただけに、首長や議会の短絡的ないしは近視眼的な判断で葬り去られたのは遺憾です(『毎日新聞』2012年3月15日の「原発住民投票:大阪市議会、条例案否決へ」)。橋下徹が教育現場への日の丸・君が代の強制や労働組合の政治活動の規制を目論んでいるのもいただけません。
 一方、昨秋の大阪ダブル選で維新の会は、「原発依存度を下げる。発送電分離で新規参入を促すために株主提案権を行使する」を公約に掲げましたが、大阪市の関西電力への株主提案内容の骨子案として、「可及的速やかに全ての原発を廃止」を3月18日の大阪府市の専門家会議「エネルギー戦略会議」が公表したのは評価できます(『朝日新聞』2012年3月19日の「脱原発への道 後押し」、および、同日の『日本海新聞』の「関電の全原発廃止を」)。わたしは政党政治と議会政治の枠内では、こうした政策を掲げる維新の会が民主と自民の2大政党の原発推進の動きにクサビを打ち込むことを望みます。
 大飯原発の再稼働に向けてつま先だって前のめりに急ぐ野田政権と裏腹に、橋下徹ら大阪府市の統合本部会議は4月10日、府市の専門家会議「エネルギー戦略会議」が大飯原発の再稼働を認めるさいの8つの条件を了承しました。了承した原発の再稼働の8条件は以下の通りです。
 (1)国民が信頼できる規制機関として(独立性が高い)3条委員会の規制庁を設立すること

 (2)新体制のもとで安全基準を根本から作り直すこと

 (3)新体制のもとで新たな安全基準に基づいた完全なストレステスト(耐性評価)を実施すること

 (4)事故発生を前提とした防災計画と危機管理体制を構築すること

 (5)原発から100キロ程度の府県との安全協定を締結すること

 (6)使用済み核燃料の最終処理体制を確立し、その実現が見通せること

 (7)電力需給について徹底的に検証すること

 (8)事故収束と損害賠償など原発事故で生じる倒産リスクを最小化すること

 (『朝日新聞』2012年4月10日の「大飯100キロ圏と協定 要求/大阪府市 再稼働に8条件」、および、4月11日の「大飯100キロ圏知事に拒否権 大阪府市、関電に要求」など参照)。
 いずれの項目も野田政権の再稼働路線への対抗軸たり得る重要な提案として評価できます。なかでも、(5)の大飯原発から100キロ圏内の府県との安全協定を迫り、それら府県知事にも拒否権を与えるように求めている点、並びに、(6)の使用済み核燃料の最終処理体制の確立と見通しを再稼働の条件に挙げている点は、まさにフクシマで明らかになった原発の泣き所を浮き彫りにする提案と言えます。つい最近、わたしたちが鳥取県知事と鳥取県議会に異議を申し立てた島根原発の安全協定の拒否権の範囲も、(5)にならって大幅に見直すことが必要です。わたしが拙著『放射性廃棄物のアポリア ― フクシマ・人形峠・チェルノブイリ』(農文協、2012年3月)の第2章「あとは野となれ山となれ」で、フクシマの復旧計画に関連して注意を喚起した使用済み核燃料と高レベル核廃棄物の問題が、(6)で原発再稼働の判断の条件に組み込まれているのも画期的なことです。
 大阪市の橋下徹市長はこの8条件を次期総選挙の争点にすることを表明していて、やっと日本で原発の是非が選挙の重要な争点として浮上してきたことをわたしは歓迎します。政府は大飯原発の再稼働に近くゴー・サインを出す準備を進め、藤村修官房長官は橋下市長らの提案を「支離滅裂」と批判していますが、これは省みて他を言う体の言いがかりで、支離滅裂なのはまるでフクシマの大惨事などなかったかのように原発再稼働を目論み、マニフェストを自ら破って消費増税を強行しようとする野田政権自体です。
 今日の議会制度と政党制度の枠組みのなかで、大阪府市の橋下徹らが具体的かつ政治的に脱原発の方策を提案し争点にしているのと対照的に、「緑の党のようなもの」を自称する中沢新一らのグリーンアクティブのような文化人サークルが、脱原発の候補者にワッペンを貼り○印をつけて応援するといった、子どもっぽい政治ゴッコが政治的にほとんど無意味であることは否定できません。

(2012年4月11日記)