福島原発事故と大飯原発再稼働

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「福島原発事故と大飯原発再稼働」


      =鳥取県東部地区教育研究集会=
     分科会「環境教育」における問題提起

 

         日時:2012年8月25日
         場所:鳥取市岩倉小学校

         主催:鳥取県教職員組合東部支部/鳥取県高等学校教職員組合東部支部
         提起者:土井淑平

 

1 東北の復興か消費税の増税か

 周知のように、民主党の野田政権は自民・公明両党と組んで消費税の増税を国会で通過させました。
 昨年夏に発足した野田政権が本来政権をかけ、3・11の東北大震災と福島第一原発事故に総力を上げて取り組むのではなく、あたかもそれを逸らし何事もなかったかのように偽って、財務省の操り人形となり政党の談合で消費増税に血道を上げたのは、まことに遺憾です。つまり、フクシマの大惨事は増税のカラ騒ぎにスリカエられカムフラージュされたのです。
 そんなヒマがあるのか。いったい、東北大震災やフクシマの大惨事はどこに行ったのか、とわたしは問いたい。野田政権の〝フクシマ切り捨て〟や〝フクシマ隠し〟はあらゆる面で露呈しています。その最たるものが、資料1枚目の冒頭の記事コピー(『毎日新聞』2012年12月17日の「原発事故収束を宣言」)で示しています、昨年12月16日「福島原発事故収束宣言」でした。
 事故炉もまだ綱渡りの危険な状態で、大量の避難民が転々と流浪生活を余儀なくされ、被害を被った住民への賠償も、事故の原因と責任の追及も、東北から関東一円の深刻な放射能汚染への手立ても、要するに何ひとつ解決どころか、ほとんど手つかずの状態で、よくもこんなウソ八百の「福島原発事故収束宣言」が出せたものです。これは大火事の最中に「火事は鎮火しました」とデマ情報を流すに等しい。大火事で逃げ惑う避難民や犠牲者はどうなるのか。
 ハッキリ申しまして、これは民主党政権がもくろむ「原発再稼働」と「原発輸出」のために、いわば恥部を隠す猥褻な前戯のようなものでした。これに先立って、野田首相は昨年9月22日に国連本部で「原発の安全性を最高水準に高める」と演説しましたが、「原発の安全性」を世界でも最悪の「最低水準」に低めたフクシマの大惨事の直後に、よくもこんなさかしまのウソだましがいけしゃあしゃあと平気で通るものです。いくら幼稚園生でも「黒板は白い」「三角形は丸い」とは言わないでしょう。

 

2 大飯原発再稼働と関西広域連合の動向

 3・11以後、福島第一原発の4基が廃炉になり、日本の原発は50基となりましが、東海地震に見舞われる可能性のある浜岡原発が菅政権の決断で全面停止され、これに加えて 定期点検などでことし5月5日、日本の原発がすべて止まりました。資料1枚目の「50基の原発すべて停止」を見て下さい。
 ところが、資料1枚目の記事コピー(『朝日新聞』2012年6月17日の「大 飯再稼動政府決定」、7月2日の「大飯3号機 再稼働」)で示したように、〝初 めに再稼働ありき〟の野田政権は2カ月後の6月16日、〝待ってました〟と ばかり大飯原発3、4号機の再稼働を決定しました。これを受けて、関西電力 は7月1日まず大飯3号機を再起動し、続いて7月18日大飯4号機を再起動 しました。
 この間、大飯原発の再稼働に反対していた大阪市の橋下徹市長ら関西広域連合が、「(再稼働は)限定的なもの」と容認に転じたのが政府の決定のあと押しとなりました。橋下徹は6月1日、「正直、負けたといえば負けた。そう思われても仕方がない」、とそれまでの強硬な反対論から事実上の容認に転じた弁を口にました。
 しかし、エネルギー問題で橋下徹のブレーンだった飯田哲也が、「橋下さんはヘタ打った」と訣別の辞を述べているのは、わたしもほぼ同じ考えを持っていたので同感の思いでした。飯田哲也はこう言っています。「官邸はどうせ押し切ってくるのだから、橋下さんは最後の最後まで「再稼働は認められない」と頑張ればよかったんです」(『週刊朝日』、2012年7月6日の「元ブレーン 飯田哲也が訣別の辞「橋本さんはヘタ打った」」)と。
 大飯再稼働を事実上認めたさい、橋下徹市長は「今夏に限っての再稼働容認」であることを強調しました。おととい8月23日に鳥取市で開かれた関西広域連合の会合後の記者会見でも、「暫定的な安全基準で動かしているのは世界でも日本だけで、恥ずべき状態だ。逼迫期間が過ぎたら止めるのが当たり前だ」との考えをあらためて示しています。つまり、橋下徹は大飯原発再稼働で死んではいません。まだ生きています。
 のみならず、関西広域連合はおととい8月23日の声明で、①今夏の電力需給の検証②原発への過度の依存の見直し③規制委の早期設置と新たな安全基準の策定④新基準に基づく大飯原発3、4号機の再審査、などを求める声明を発表しました。再稼働した大飯原発の再停止を要請するか否かについては、電力需給が緩和する9月以降に結論を出すことにしているのです。
 この日の会合では、鳥取県の平井伸治知事も「原子力規制庁の下に新安全基準を策定しないのは、羅針盤のない航海を続ける、のに等しい」と述べ、大阪府の松井一郎知事が「羅針盤がないと分かった時点で、電力が逼迫しない季節になれば、両機の一時停止を求めていくことも考えないといけない」と発言すると、滋賀県の嘉田由紀子知事もこれに同調して、9月以降に出す案に「松井知事の意見を反映させたい」と賛意を示しました。

 

3 日本の発電設備容量と今夏の電力需要

 ここで、日本の電力需給と今夏の電力需要を見ておきましょう。まず、日本の電力需給の実態ですが、2010年のエネルギー白書では、日本の発電設備容量は①火力60%②原子力20%③水力19%④自然エネルギー0.2%です。
 ところが、2010年のエネルギー白書で実際の発電実績を見ると、①火力62パーセント②原子力29パーセント③水力8%④自然エネルギー1%です。つまり、原子力は設備容量では20%なのに、発電実績では30パーセント弱にまで膨らんでいます。
 これは政府と電力会社が使える火力や水力を遊ばせて、原子力の比重を人為的政策的に高め、あたかも日本のエネルギーが原子力を抜きには成り立たないことを、必死に示そうとしていることを意味します。
 実際、日本の電力は火力と水力だけで十分足りてきました。資料2枚目の「原発なくしても日本の電力はまかなえる」の表を見て下さい。これは小出裕章さんの本(『隠される原子力・核の真実』、創史社、2010年)の107ページから取ったものですが、発電設備容量は火力と水力だけで最大需要電力量を上回っており、この火力と水力に自家発電を加えると、いわゆる最大需要電力量をはるかに上回る、1億キロワットにも及ぶ膨大な余剰電力がをあることが分かります。
 本来、政府は火力と水力と自家発電に加えて、自然エネルギーないしは再生エネルギーを育成してくるべきだったし、それは十分可能だったにもかかわらず、自然エネルギーや再生エネルギーを無視し切り捨ててきたのです。その結果が無理に無理を重ねて原発の比重を高めてきた結果、今回のフクシマの大惨事となったのです。
 それでは、今夏の電力需要はどうだったのでしょうか。資料1枚目の記事コピー(『朝日新聞』2012年8月21日の「電力使用量 節電で大幅減」)を見て下さい。そこには家庭や企業の節電が成果を上げ、全国の電力供給には十分余裕がある、とのデータが示されています。
 これによると、今夏7月の販売電力量は、全国10電力のうち東北電力を除く9電力管内で昨年7月より減っています。このうち、家庭向け電力中心の「電灯」は、電力不足のおそれが云々された関西電力で昨年より16・5%減り、東京電力でも14・5%減りました。企業向け「大口」も8電力で昨年より少なかったということです。企業が自家発電の設備をふやすなど節電の対策を取ったこともあります。
 電力不足が心配された関西電力の管内でも、平年より暑い夏だったにもかかわらず、実際に使われたピーク時電力が、大飯原発が動かなかった場合の供給力予想を上回った日が12日間もあったものの、西日本全体では電力が900万キロワット以上余っていたといわれます。つまり、ほかの電力会社から融通すれば、関電の電力不足は大飯原発を再稼働しなくても、しのげたということです。

 

4 エネルギーの選択肢をめぐる最新のデータ

 フクシマ以後、脱原発の世論が高まっていることは、わたしたちの身近な活動でも感じますし、さまざまな世論調査でもうかがわれます。
 NHKがことし4月1日に発表した「原発とエネルギーにかかわる意識調査」によると、「原発を減らすべきだ」42.8%が「現状を維持すべきだ」21.3%の倍近くで、停止中の原発の運転の再開も「反対」37.3%が「賛成」17.2%を大きく上回っています。
 資料2枚目の右上の記事コピー(『日本海新聞』2012年8月23日)を見て下さい。政府は将来のエネルギー政策をめぐって、「討論型世論調査」を実施していますが、8月22日に発表した調査結果では、3回のアンケートで2030年までに原発比率「ゼロ案」が32.6%から46.7%に伸び、政府が期待していた「15%案」の3倍です。
 エネルギー政策でもっとも重視することでは(複数回答)、「安全確保」が67%から76.5%に増え、「エネルギーの安定供給」の40.4%や「コスト」の16.1%を大きく引き離しました。
 わたしはおととい8月23日に鳥取県倉吉市で行なわれたとっとり・市民主催の自主的意見聴取会「私たちが選ぶエネルギーと環境の未来」で、問題提起者の1人として出席し、放射性廃棄物の観点にしぼって自分の意見を述べました。
 (追記1)本HPの講演・報告「エネルギー・環境に関する意見聴取会」参照。
 この自主的意見聴取会でも「ゼロ案」がほとんどだったばかりか、2030年に「ゼロ案」といった悠長なことではいけないとして、「即廃止」の「ゼロゼロ案」が圧倒的に支持されました。
 きょうここに来る前に、ネットで見てきた朝日新聞社の世論調査でも、「すぐやめる」が16%、「5年以内」と「10年以内」が21%、合わせて58%が「10年以内」に脱原発を支持しています。この脱原発のうねりは否定しようがないと思います。
 そこで、資料2枚目の右下の記事コピー(『毎日新聞』2012年8月21日)のように、政府の「エネルギー・環境会議」も「「原発割合ゼロ」検討」と報じられることになりますが、楽観は禁物です。原発を「国策」として推進する政府・官庁と電力会社・財界が転んでもタダで起きない、したたかな「原子力マフィア」を形成していることは、まことに重く容易に転換できない構造と事実だからです。
 資料2枚目の右下の記事コピー(『朝日新聞』2012年8月20日の1面トップ記事「原発地元へ寄付31億円/福島事故後」)を見て下さい。こともあろうに、あのフクシマの大惨事のあとに、電力各社が原発や核燃施設の地元自治体に31億円もの寄付をしているのです。
 資料には挙げていませんが、その前日8月19日の『朝日新聞』はやはり1面トップ記事で、東電が青森県六ヶ所村漁業振興の名目で2億7000万円も寄付し、隣接の東通村で東電が進めている東通原発の建設費として処理していた、と報道しています。
 フクシマの大惨事の事故責任や復旧や救済や賠償をそっちのけに、なおも懲りずに原発の推進のため膨大な買収資金のカネをタレ流すこの鉄面皮な行為には正直呆れます。わたしが「原子力マフィア」は「転んでもタダで起きない」と言わざるを得ないゆえんです。


5 それでは脱原発のために何をなすべきか?

 それでは、いったい、わたしたちは何をなすべきか。遺憾ながら、手っとり早い安直な〝解決策〟や〝決め手〟はありません。しかし、全国各地で脱原発に向けて多くの人たちが立ち上がり、手探りながら原発を止めるためさまざまな活動を展開していることは周知の通りです。
 究極のところは、原発を国策として進めている政府・官庁と電力会社・財界に、国策の転換と原発の放棄を迫らねばなりません。国策の転換となると、原発の廃止を実行する政府をつくるしかないはずです。
 日本は議会制民主主義の政治システムを採用していますから、つまるところ国会で多数の政党、ないしは、それを中心とした政権に影響を与えられねば、国策の転換による脱原発は不可能ということになります。
 しかし、電力会社と電力総連が巨大献金で金縛りにしている2大政党の民主党と自民党が、フクシマ後も原発推進であることは、皆様もご承知の通りです。ハッキリ申して、つぎの国政選挙で自民・民主ないしは両者の連合による政権ができたら、脱原発はアウトです。
 それゆえ、わたしは民主と自民が大きく票を落とし、政権の座からスベリ落ちることを期待せざるを得ません。近づく総選挙で民主と自民の票を食うのは、おそらく橋下徹の維新の会でしょうが、維新の会がどこまで本気で脱原発を貫くかが見守らなければならないし、それが分かれ道になると考えます。
 もっとも、きょうの教研集会を主催されている教組の皆様は、橋下徹の教育行政や労働組合への姿勢などからして、とうてい維新の会を支持できないだろうことはよく分かります。これ以外にも、TPPや日米同盟や防衛問題や憲法改正その他、どれ一つとして支持できず、おっしゃるように胡散臭いことばかりです。
 わたしは維新の会は新保守として自民と民主の間に割って入ろうとしている保守政党だと割り切っていまして、保守同士が足の引っ張り合いをするのは大いにけっこうなことであり、なおかつその保守のなかから脱原発を唱える新政党が出てきたのは、歓迎すべきことだと考えています。少なくとも脱原発の行方にとっては、消去法からして自民と民主よりはましです。
 緑の未来を母体に形成された緑の党に期待したいところですが、いかんせん日本の国会で脱原発の政策に影響を及ぼしたり、あるいはまた、キャスティング・ボートを握ることはとてもじゃないけど難しいと考えます。
 このことは、むろん状況が現在とは違うとはいえ、わたし自身がいまから20年近く前のチェルノブイリ後の国政選挙で、「原発いらない」に加わって感じた経験からも言えます。わたしは国政選挙や政党政治には、無党派市民の立場からケース・バイ・ケースで臨む、これをモットーにしています。
 フクシマの大惨事と大飯原発の再稼働を受けて、日本の社会で地殻変動が起きつつあり、それは国政だけでなく地方の首長選にも及んでいます。まず、7月8日投票の鹿児島県知事選で、わたしも面識のある無所属新人で再稼働反対の向原祥隆さんが20万票を突破し、当選した保守系で再稼働賛成の伊藤裕一郎の39万票に続きました。
 7月29日投票の山口県知事選でも、やはり無所属新人で再稼働反対の飯田哲也さんが18万票を突破し、当選した自公推薦で再稼働賛成の山本繁太郎の25万票に迫りました。山口県は岸信介、佐藤栄作、安部晋三といった保守政治家を出してきた保守王国です。
 これまでの知事選の常識では、無名で無所属の新人候補は泡沫並みの票しか取れなかったのに、いずれも大奮戦の結果です。地方の政治もまた確実に変わりつつあることを実感させられました。

 

6 新潟県と静岡県の住民投票請求に寄せて

 それでは、市民として何ができるのか。考えられるのは、デモ、集会、署名、住民投票などです。デモもフクシマ以後、新たな力と意味を帯びつつあるように思います。わたしは地方の住人なので参加したことはありませんが、たとえば毎週金曜日の官邸デモがそうです。
 きのう野田首相が官邸デモを主催する「首都圏反原発連合」の人たちと面会しました。わたしもテレビや新聞で見ましたが、反原発連合側は①大飯原発の即時停止②すべての停止中の原発を再稼働しない③原子力政策を全原発廃炉に転換④原子力規制委員会の人事案白紙撤回、などを要求しています。野田にしてみれはガス抜きのパフォーマンスだったでしょうから、受け入れるわけがなく平行線に終わりました。
 集会も各地で活発化していて、わたしも過日の島根原発阻止集会に出ました。署名も各種の署名運動が展開されていて、島根原発反対署名運動に参加し協力しています。大江健三郎などの呼びかけで1000万人署名も展開されていますが、わたしはこれら一般の署名運動よりも住民投票条例の請求運動がはるかに重要と考えています。
 かつて新潟県の巻原発が巻町住民の住民投票で阻止され、わたしは画期的な出来事と評価していますが、きわめて重要な最近の動きとして、柏崎刈羽原発の地元の新潟県と浜岡 原発の地元の静岡県で、住民投票条例の請求運動が起きています。
 (追記2)これまで住民投票条例を制定して原発を拒否した自治体として、新潟県旧巻町、三重県旧南島町、旧紀勢町、旧海山町、高知県旧窪川町、宮崎県串間市の6市町があります。このうち、実際に住民投票を実施して原発を阻止したのは、新潟県旧巻町と三重県旧海山町です(これについては、拙著『放射性廃棄物のアポリア ― フクシマ・人形峠・チェルノブイリ』、農文協、2012年3月の第三章「右であれ左であれわがふるさと」160ページの図参照)。
 資料2枚目の記事コピー、きのうの『日本海新聞』(2012年8月23日)に載った「住民投票条例 直接請求へ」は、東京電力の柏崎刈羽原発の再稼働の賛否を問う県民投票条例を新潟県に請求するもので、4万人を超える直接請求に必要な署名を集めたと伝えています。
 中部電力の浜岡原発の再稼働の是非を問う静岡県の住民投票条例の制定運動も同時進行中です。わたしは柏崎刈羽原発と浜岡原発という巨大原発立地点での住民投票条例の制定は、きわめて大きなインパクトを与える重要な運動でその行方に注目しています。
 (追記3)静岡県の市民団体「原発県民投票条例静岡」は8月27日、16万5000人を超える有効署名を静岡県に提出しました。これまで「再稼働はマルかバツかの単純な問題ではない」と住民投票に否定的な川勝平太知事は一転、「住民投票がなされる方向で議論を進めたい」と賛成の意見を付けて静岡県議会にかけることを表明しています(『日本海新聞』2012年8月28日の「県民投票求め直接請求」)。
 住民投票条例の請求はさきに東京都と大阪市でもなされましたが、まことに遺憾なことに石原知事も橋下市長もこれを斥けました。かれらの政治家としての資質と見識が問われた出来事で、その派手なパフォーマンスの下に政治の姿勢が露わになりました。
 (追記4)本HPの論文・コラム「「反原発で猿になる!と吠える猿たち」の追記2「橋下徹ら大阪府市の脱原発への具体的な提案」参照)
 日本では住民投票が制度化されておらず、元鳥取県知事で民主党の菅直人政権のもとで総務大臣となった片山善博が、制度化の作業を進めようとしたと聞いています。むろん菅政権の崩壊で実現に至りませんでしたが、かりにいまだ制度化がならずとも、全国の原発現地や周辺市町村がどんどん住民投票を請求し実施していくことは、望ましいばかりか脱原発の運動として有効な方法と考えます。
 最終的に首長や議会が住民投票を握り潰す可能性もありますが、逆にかれらがいかに民意から浮き上がっているかを示して、脱原発の住民の意思を直接押し出すことができます。わたしは脱原発の一般署名よりも住民投票の直接請求の方が、焦点をしぼった効果ある運動だと考えます。
 これはわたしの年来の主張ですが、かりに課題を原発に限らずとも、民意から離れた間接民主主義の議会制民主主義の制度的限界を超えていくためにも、住民にとって切実で重要な問題は住民投票にかけて決めるべきだし、これからの日本の政治システムに住民投票の制度化はどうしても必要です。
 資料2枚目の真ん中の記事コピー(『日本海新聞』2012年8月23日の「「脱原発法」の制定求め始動」)に、大江健三郎らのグループが脱原発法の制定運動を起こすとありますが、脱原発法の制定は国会の状況に左右される事柄です。
 わたしもかつて20年くらい前、チェルノブイリ事故のあとを受けて、高木仁三郎の提唱による脱原発法制定運動に加わりましたが、あっさり国会で握り潰されてしまい、労多くして実り少ない結果に終わりました。わたしの考えでは、文化人を中心にしたカンパニア的ないしはパフォーマンス的な運動よりも、それぞれの地域から活動する市民たちが原発現地周辺のあちこちで住民投票運動を起こす方が、より手ごたえがあり有効かつ強力な運動になるはずです。
 最近、小出裕章さんが『騙されたあなたにも責任がある』(幻冬舎、2012年4月)という本を出されました。たしかに、ほとんどの国民は原発をめぐって政府や電力会社に騙されてきたと言えます。と同時に、「騙された人間には騙された責任がある」、との小出さんの言葉もまた重い事実だとわたしは思います。