放射能汚染水のダダ漏れと小泉純一郎の脱原発宣言をめぐって

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放射能汚染水のダダ漏れと小泉純一郎の脱原発宣言をめぐって 

         =2013年度鳥取県教育研究集会=
      分科会「環境・公害と食教育」における報告(小講演)

 

日時:2013年10月26日(土)
場所:鳥取県立鳥取中央育英高校
主催:鳥取県教職員組合/同高等学校教職員組合
講演:土井淑平

 

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1 フクシマの放射能汚染水のダダ漏れ


 わたしは8月24日の鳥取県東部地区教育研究集会の分科会報告で、福島第一原発事故で大気中に放出された大量の放射能によって、本来なら放射線の管理区域として立ち入り禁止区域にしなければならない高濃度の汚染地帯で200万人の住民が生活し、原発周辺から16万人の住民がいまも避難している事実に注目しました。
 ところが、空から岡(陸)に降り注ぐ放射能もあれば、海に流れ出す放射能もあります。当初から、福島第一原発事故は“海のチェルノブイリ”とも呼ばれたように、太平洋の汚染が深刻な問題です。その意味は、最近のトピックになっている放射能汚染水のダダ漏れ、そして、それによる東北沿岸から太平洋全域に広がる海と魚の汚染によって、いずれ明らかになるでしょう。
 ことし9月7日ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会で、日本の安倍晋太郎首相が、国際的関心事の福島第一原発の放射能汚染水流出に寄せて、「状況はコントロールされており」「汚染水の影響は原発の港湾内0・3平方キロの範囲内で完全にブロックされている」、とウソ八百の大見得を切って東京招致が決まったことは承知の通りです。
 首相の「コントロール」「ブロック」発言は、あたかも福島第一原発の港湾全体が〝真空パック〟のように〝密閉〟されているかのような、マジカルな発言ですが、水は流れるものだから、港湾全体の真空パックもどきのコントロールやブロックがあり得ないことは、小学生のアタマでも分かります。
 この首相の発言をめぐって、東電の技術顧問の山下一彦フェローが「今の状態はコントロールできていないと我々は考えている」と現場から否定すると、すぐあと上司である東電の広瀬直己社長が衆院経済産業委員会で、「首相の発言は湾の外に影響が及ぶことは全然ないというご主張だ」と首相のボロをとりつくろおうとしました。
 しかし、この東電社長の尻拭いの発言も、原発の沖合約1キロの港湾外の海水からセシウムが検出されたとの、10月10日と22日の東電自身の発表で“化けの皮”がはがれました。〝論より証拠〟とはこのことです。首相の大見得のあとも、汚染水のダダ漏れが次から次に報道され、首相も国会答弁で「コントロール」は「状況把握」の意味だとか、「完全にブロック」から「完全に」を抜いたり、あるいはまた、その「ブロック」も「健康への影響は」とごまかすなど、言い訳・取り繕いに追われています。(記事1「港湾外海水でセシウム」=共同通信配信=、『日本海新聞』2013年10月11日)
 フクシマの深刻なディレンマは、事故から2年半も経った現在もなお、①炉心溶融を起こした原子炉に、水を注入し冷やし続けなければならない②原子炉の圧力容器や格納容器の底に穴が開いているため、注入した水が底から漏れ出す ― という悪循環から逃れられないことです。
 ここで注意しておきたいのは、福島第一原発事故はメルトダウン(炉心溶融)から、メルトスルー(溶融貫通)にまで至ったという重大な事実です。メルトスルー(溶融貫通)は、溶け落ちたドロドロの熱い炉心が、地球にめり込む事態です。かつて、それが地球を貫通して、地球の反対側の中国まで行く、という極論の比喩で、チャイナシンドロームともばれました。
 フクシマの場合、原子炉の底から漏れ出た高濃度の放射能が冷却水と共に地下水を汚染しそれが最終的に海に流れ出るという結果になるのです。この高濃度の放射能汚染水の海洋流出は事故直後から始まっていて、東電が抜本的な対策を取らず政府もそれを黙認したため、今日までダダ漏れが続いているのです。
 フクシマの事故直後の2011年4月、東電は1万トン余りの放射能汚染水を勝手に海に放出して、全漁連から「漁業者の存在を無視した、許し難い行為」との抗議を受け、韓国や中国など国際社会からも強い非難を浴びました。
 当時の東電の発表によれば、原子炉建屋などにたまっている高濃度の放射能汚染水は、2011年6月の段階で推定12万5000トンもありました。汚染水は原子炉の炉心を冷やす注水や地下水の汚染ともに増え続けるのですが、東電は汚染水を地上タンクを移しながら、そのタンクを増設していく急場しのぎで、ラチのあかないイタチごっこをやってきたわけです。
 しかし、その間も汚染水は漏れ続けてきました。汚染水の流出は3つのルートで起きていると考えられます。1つは、放射能で汚染された地下水の流出です。2つは、タービン建屋から外に伸びる地下坑道(トレンチ)からの汚染水の流出です。3つは、汚染水をためた地上タンクからの汚染水の流出です。(表1「汚染水漏れの3つのルート」)

 

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 まず、1つ目の地下水の放射能汚染について見ますと、事故を起こした福島第一原発周辺の地下水は1日1000トンの流れがあり、このうち400トンが原子炉建屋地下などに流入しているとされていますが、さきほど説明したように、メルトダウン(炉心溶融)の原子炉の圧力容器や格納容器の底に穴が開いているため、ここから高濃度の放射能が流れ落ち地下水を直接汚染しているはずです。
 東電は原子炉の炉心冷却のため注入した冷却水400トン、および、汚染された地下水400トン、の計800トンの汚染水を汲み上げて、セシウムを除去したうえで400トンは冷却用に循環させ、残り400トンはタンクに移送して保管するとしています。(図1「地下水・冷却水・汚染水の流れ」、『朝日新聞』2013年8月8日の図解より)
 しかし、タンク1基の容量は1000トンなので、2日半で満杯になる計算です。9月の段階で、約1000基のタンクに33万トンの汚染水が保管されていますが、いまのペースではとても間に合わないため、東電は2年後に70万トン、3年後に80万トン収容できるよう、タンクの増設を計画しています。
 福島第一原発周辺に流入する1日1000トンの地下水から、原子炉建屋地下 の400トンを差し引いた、600トンの地下水のうち300トンは、つぎに取り上げる地下坑道の汚染水と混ざって、海に流出していると説明されています。しかし、差し引き残った300トンは汚染されずに海に流出しているかのように説明されていますが、東電や政府のデータ自体も定かでなく、これまた汚染されて海に流出している可能性があります。
 汚染水の2つ目のルートたる地下坑道(トレンチ)からの汚染水の流出に移りますが、原子炉建屋に接続するタービン建屋の地下から外に伸びる地下坑道とたて抗にたまった水から、事故直後の2011年4月に毎時1000ミリシーベルト以上、という異常な放射線が検出されたことでこの事実が明るみに出ました。
 当時、東電は口を開いていた地下坑道の海側の端を応急措置でふさぎましたが、タービン建屋と地下坑道の接続部に穴が開いて、それも漏れ口となっていたのに、この漏れ口をふさがず2年も放置していたため、ここから地下水を汚染して海への流出が続いたのです。このほか地震で地下坑道にひびが入り、ここからも汚染水が地下水に流れ出た可能性があります。(図2「地下坑道からの汚染水流出」、『朝日新聞』2013年8月1日の図解より)
 汚染水の3つ目のルートたる地上タンクからの汚染水の流出は、最近の度重なる報道で皆様も目にされたことと思いますが、原子炉建屋の敷地内の耐用年数五年で容量1000トンの地上タンクから、300トンの高濃度汚染水が漏れ出て、排水溝から港湾外の外洋に流れ出ていることが発覚しました。別の複数のタンクから汚染水漏れを起こしていることもつぎつぎ明るみに出たうえ、10月20日の東電の発表では台風の大雨でたタンク群を囲む堰の内側12カ所から、汚染された雨水が溢れ出ています。(図3「地上タンクからの汚染水流出」、『朝日新聞』2013年8月27日の図解より)
 ちなみに、東電の発表では、汚染水漏れを起こしたタンクの底部表面で最高毎時2200ミリシーベルトの放射線、タンク内の汚染水にベータ線核種が1リットル当たり2億ベクレル含まれていたとしています。1リットル当たり2億ベクレルですから、タンクから流出した300トンの汚染水には、総量60兆ベクレルもの放射能が含まれていたことになります。
 美浜の会のリーフレットによると、汚染水のベータ線核種のうちストロンチウム90の放射能量はおよそ半分なので、ストロンチウム90は30兆ベクレルとなります。広島に投下された原爆が放出したストロンチウム90は58兆ベクレルなので、タンクから漏れ出た汚染水には広島原爆の半分のストロンチウム90が含まれていたことになります。(美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会のリーフレット「汚染水漏えい・流出事故」、2013年9月より)
 しかも、2011年の3・11フクシマ事故で大気中に放出されたストロンチウム90の総量は140兆ベクレルと試算されるので、このたびのタンクから流出した300トンの汚染水のストロンチウム90は、その20%になる計算です。実に驚くべき量ではありませんか。
 安倍首相の言う汚染水漏れの「コントロール」「ブロック」どころの話ではありません。これからも汚染水は果てしなく流れ出してきます。放射能も果てしなく膨らみます。タンクの増設にも限りがあります。このため、汚染水を基準値以下に薄めて、海に放出するとんでもない構想も、東電・政府・規制委筋から出ています。
 一方で、東電は福島第一原発1~4号機の周辺に凍土遮水壁を設置する計画を打ち出し、これに政府は470億円もの国費つまり国民の税金を投入する方針です。建設費も数百億円と膨大なら、維持費(冷却用電気代)も年間に数十億円と膨大です。しかし、凍土遮水壁はこれまで試みられたことのない初めての事業で、うまくいくかどうかの保証はありません。
 この凍土壁計画は鹿島建設の提案によるものですが、鹿島といえば原発建設の受注でも、大成建設や大林組と共にトップ・スリーの大手ゼネコンで、福島第一原発および福島第二原発の建設をすべて受注しています。
 しかも、福島第一原発事故後の除染事業でも、政府からの元請けの日本原子力研究開発機構の傘下に、この鹿島・大成・大林というトップ・スリーの大手ゼネコンを下請けとして再委託しています。東京新聞が鹿島を「造ることで稼ぎ、壊れても稼ぐ」と皮肉ったゆえんです。ついでながら、放射能は右から左に移しても消えないので、いわゆる「除染」が「移染」にすぎないことも、さきの8月の東部地区教研集会でも強調した通りです。
 ところで、凍土壁計画はフクシマの事故直後の2011年5月、当時の民主党政権下で原子炉建屋の地下をぐるりと取り囲む鋼鉄製遮水壁の建設構想として出ましたが、東電はこの遮水壁の建設には約1000億円の費用がかかり、これを債務に計上すれば破綻の恐れが強まるとして、政府ともどもオシャカにしたものです。
 わたしは「無理が通れば道理引っ込む」という諺を思い出します。一連の問題の根本にあるのは、政府が原子力産業の延命という国策のゆえに、事実上の倒産企業である東電の破綻処理を進めず、逆にこの倒産企業の温存のため国費を投入して、死んだものがあたかも生きているかのように見せかけているのです。このイカサマ芝居はさながらヒッチコックの『サイコ』という映画のようです。
 つまり、フクシマの責任の所在を曖昧にしたまま、誰も責任を取らないこの国の無責任の体系のもとで、政府はフクシマの大惨事の現状を象徴する汚染水のダダ漏れを、国費のダダ漏れで上塗りする一方で、原発の再稼働や原発の輸出にうつつを抜かしているのです。
 そもそも、フクシマの汚染水漏れが国際評価尺度のレベル3の重大な異常事象に引き上げられたというのに、恥も外聞もなく原発の再稼働や原発の輸出を言えた義理か。わたしたちはまったく恥ずかしい国に生きていると言わなければなりません。(表2「国際原子力事象評価尺度」、『朝日新聞』2013年8月29日の図表より)

 

2 原発の再稼働と輸出の動き


 政府は原発の再稼働や原発の輸出をタナ上げして、フクシマの被災者や避難民や子どもの支援と並行して、目下の重大な汚染水問題に全力を投入しなければならないのではないか。政府も東電も“毒食わば皿まで”の“自爆路線”と呼ぶほかありません。
 むろん、東電の柏崎刈羽原発の再稼働に向けた安全審査の申請など論外で、まったく空いた口が塞がらない。新潟県の泉田裕彦知事も言うように、まずもって東電はフクシマ事故の検証・総括が必要ではないか。
 周知のように、2020年夏季五輪の開催地決定をめぐって、日本の関係者は外国人記者から鋭い追及を受け、韓国政府は福島県と周辺七県の水産物輸入を九月九日から全面禁止する措置に踏み切りました。
 オリンピックの東京招致は日本を〝浮かれた国〟と〝捨てられた国〟の2つの国に分断し、フクシマの棄民や東北の復興から国民の目をそらしつつ、それでなくとも極限状態の東京一極集中を加速させるに違いありません。
 しかし、安倍首相の汚染水漏れの「コントロール」「ブロック」発言は、いわばブーメランのように投げた手元に返ってきて、国際的な言質として東京オピンピックまで国内的にはもとより、国際的な監視と追及をまぬかれないでしょう。つまり、安倍首相は舌先三寸の大ボラで自分自身を縛る言質を、国内向けにも海外向けにも与えたのです。
 ところで、ことし9月15日までに、大飯原発3、4号機が定期点検のため運転を停止し、これで再び50基の原発がすべて止まって、日本は1年2カ月ぶりに“原発ゼロ”となりました。
「原発がないと、日本の電力も経済も成り立たない」、との宣伝文句が事実によって否定されたことを認識すべです。この夏は事実で証明されましたが、この冬も“原発ゼロ”で日本の電力は十分持つ見通しです。
 にもかかわらず、各電力会社はフクシマの惨状をよそに、原発再稼働に向けて安全審査を原子力規制委員会に申請しました。すなわち、北から北海道電力の泊1~3号機、東京電力の柏崎刈羽6、7号機、関西電力の大飯3、4号機と高浜3、4号機、四国電力の伊方3号機、九州電力の川内1、2号機と玄海3.4号機、の5電力会社の7原発14基です。(表3「原発再稼働の安全審査申請のリスト」)

 

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 これに続いて、中国電力も近く島根2号機の、中部電力も今年度内に浜岡4号機の再稼働に向けた安全審査を、それぞれ原子力規制委員会に申請する方針と伝えられています。
中国電力は松江市だけを“地元”として“見切り発車”しようとしていますが、30キロ圏の安来市、雲南市、出雲市が原発再稼働の事前了解のさいは3市の意見を反映させるよう中電に求めています。同じ30キロ圏の鳥取県境港市と米子市も同様の動きです。フクシマの現実から、これは当然のことです。
 こうした原発再稼働の動きと並んで、原発輸出に向けた動きも活発です。事実、民主党政権の時代から安倍の自民党政権に至るまで、日本の政府や原子力メーカーが一貫して国策として原発輸出にまい進してきたことは、言うまでもありません。
 具体的には、安倍首相はことし1月にベトナムを訪問、4月にサウジアラビアと原子力協定に向けた事前協議入りに合意、5月にアラブ首長国連邦(UAE)とトルコを訪問して原子力協定に署名するとともに、インドのシン首相と原子力協定の交渉再開へ、6月にポーランドなど東欧4カ国と原子力をはじめエネルギー分野で協力関係を結ぶ、といったようにトップセールスで原発輸出の先頭に立ってきました。
 このほかにも、日本の政府や原子力メーカーは、2011年の3・11以前からヨルダンやカザフスタンやマレーシアやクウェートにも原発輸出を目論み、3・11以後もブラジルやリトアニアやフィンランドなどにも原発輸出で割り込もうとした経緯があります。(表4「日本の原発輸出に向けた動き」)

 

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 いったい、フクシマの事故で全世界の誰の目にも日本の原発がガタガタボロボロになり、原発の輸出どころか事故のあと始末もままならないのに、よくも原発の輸出などということが言えるのか。まったく逆立ちしたおかしな話ですね。
 むろん、売る方も売る方なら、買う方も買う方です。現在、世界で運転中の原発は427基(2012年1月現在)で、建設中や計画中を加えると、600基近くになります。つくづく思うのは、チェルノブイリやフクシマのあとも、原子力神話や利権構造が関係国家の政権絡みで、全世界にはびこっているということです。

 

3 小泉純一郎の脱原発宣言


 これまで見てきたフクシマの放射能汚染水ダダ漏れや原発再稼働の安全審査申請や原発輸出の動きに、直接連動しているわけではありませんが、最近のトピックとして小泉純一郎の脱原発宣言ないしは原発ゼロ発言は注目に値します。
 わたしが小泉元首相の原発ゼロ発言を最初に目にしたのは、ことし8月26日の『毎日新聞』の小さなコラム「風知風」でしたが、その後、『週刊朝日』(10月11日)の「小泉純一郎元首相/脱原発宣言60分」、『週刊新潮』(10月17日)の「日本を暗い国にした「小泉純一郎」」、『週刊文春』(10月25日)の「小泉純一郎元総理/「原発ゼロ宣言」に物申す!」、『週刊ポスト』(10月25日)の「小泉純一郎「原発ゼロ」の裏に米石油メジャーという陰謀史観」などで、それぞれ賛否両論の立場から大きく取り上げられました。(記事見出し「小泉純一郎の脱原発宣言を伝える週刊誌」)

 

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 このうち、『週刊新潮』は2012年1月の新年特大号で、「反原発で猿になる!」と吠えた戦後思想家の吉本隆明にヨイショした原発翼賛の週刊誌ですが、この吉本のサル発言については拙著『原発と御用学者― 湯川秀樹から吉本隆明まで』(三一書房、2012年)や『知の虚人・吉本隆明 ― 戦後思想の総決算』(発行=編集工房朔、発売=星雲社)で、すでに批判済みです。
 みんなの党代表の渡辺喜美は去る10月17日の衆院代表質問で、小泉純一郎の脱原発宣言を取り上げて安倍首相の答弁を求め、そのやりとりは夕方7時からのNHKニュースでも報道されました。つまり、小泉発言はもはや私語や外野の放言では済みません。
 実際、小泉純一郎の脱原発宣言には、さっそく『読売新聞』が10月8日の「社説」でかみつきました。それに対する小泉の反論が10月19日の『読売新聞』の「論点」に掲載され、それこそ“論点”を整理して脱原発の“根拠 ”を説明しています。(記事2「小泉純一郎の「原発ゼロ」」)
 小泉元首相は脱原発の“根拠”を9月24日に東京・六本木ヒルズで行なわれたビジネス誌「プレジデント」主催の講演でも展開し、それは『週刊朝日』の記事で紹介されていますが、『読売新聞』の「論点」からさわりをひろうと、―
 「政治の方針として、「原発ゼロ」に賛同する知識人や原発の専門家の英知を集める会議を設ける。そして、その結果を尊重して政策を進めていけば、原発の廃炉などに必要な技術者を確保する方策や、代替エネルギーを発展させて雇用を創出する様々な案が出てくる。」
 「原発に代わるエネルギー開発への参入促進策を取れば、電力会社は電気料金を簡単に上げることはできなくなるだろう。/太陽光や風力を利用した再生可能エネルギーは天候に左右される弱点があるというが、蓄電技術の開発が進んでいるではないか。」
 「日本は、原発から生じる放射性廃棄物を埋める最終処分場建設のメドが付いていない。核のごみの処分場のあてもないのに、原発政策を進めることこそ「不見識」だと考えている。」
 「「過ちて改むるにはばかることなかれ」と言われる。/千年、万年の年月を経過しても、放射能の有害性が消滅しない処分場を建設する莫大な資金やエネルギーを、自然を資源にする循環型社会の建設に振り向ける方が、やりがいがあり、夢があるのではないか。」
 「東日本大震災、津波、原発事故というピンチを、チャンスに変える時が来たと受け止めたい。… 挑戦する意欲を持ち、原発ゼロの循環型社会を目指して努力を続けたい。」
― 以上は、『読賣新聞』の「論点」のさわりです。最後の「挑戦する意欲」は、安倍首相をちょっと皮肉っているんじゃないか。いま引用した発言の論点は、すべて正論だとわたしは思います。わたしたちが言ってきたことでもあります。
 この論説の少し前にも、10月16日の夕方7時のNHKの全国ニュースで紹介された講演で、小泉元首相は“脱原発の根拠”として「高レベル放射性廃棄物の捨て場がない、原発はやめるべきだ」と。これこそフクシマ事故を受けて、拙著『放射性廃棄物のアポリア ― フクシマ・人形峠・チェルノブイリ』(農文協、2012年)で、わたしが声を大にして主張した論点でもあります。
 小泉元首相はことし8月中旬、三菱重工、東芝、日立といったいわゆる3大原子力メーカーの幹部らと一緒に、原子力の推進側が高レベル放射性廃棄物処分場の先進地として自慢するフィンランドのオンカロに視察に行きましたが、この視察で持論がトーンダウンするどころか、むしろ確信を深めたかのようです。
 ところで、きょうの全体集会でも報告されましたように、小泉純一郎は中曽根康弘とともに、新自由主義を日本で強力に推進した政治家です。新自由主義はアメリカ主導の資本主義のグローバリズムとも関連して、規制緩和・自由化・民営化を“3本柱”とし、中曽根政権下に3公社(日本専売公社、日本国有鉄道、日本電信電話公社)を解体・民営化したのに続き、小泉政権下に道路公団と郵政を解体・民営化しました。
 その結果、日本の労働組合は屋台骨もろとも壊滅的な打撃を受け、日本の労働者の3分の1が非正規の不安定な雇用形態に追いやられました。きょうの教研集会に関係することとしては、教育現場にも非正規雇用が浸透し、常勤・非常勤のいわゆる講師の比率が拡大していると聞いています。
 わたし自身は、拙著『アメリカ新大陸の略奪と近代資本主義主義の誕生 ― イラク戦争批判序説』、『知の虚人・吉本隆明 ― 戦後思想の総決算』、および、近刊の『フクシマ・沖縄・四日市 ― 差別と棄民の構造』(いずれも発行=編集工房朔、発売=星雲社)で、一貫して新自由主義を批判してきました。これらの著書で、新自由主義的資本主義やアメリカのスーパー帝国主義を痛烈に批判してきたつもりです。
 それゆえ、新自由主義の片棒を担いで日本の社会をめちゃめちゃにした政治家として、しかもまたブッシュのポチとしてイラク戦争に加担した小泉純一郎に対しては、いまでも強い批判を持っています。このわたしの小泉評価は、いまも少しも変わりません。おそらく、わたしだけでなく、小泉純一郎にアレルギーを持つ方も、少なくないでしょう。
 しかし、それでも、小泉純一郎の脱原発宣言は、衆参両院選挙で圧勝し原発イケイケドンドンに舞い戻った安倍自民党政権の、“毒食わば皿まで”の“原発自爆路線”に対する“頂門の一針”と見ます。したがって、わたしは、小泉純一郎の脱原発宣言を限定的に支持します。わたしが限定的というのは、まずもって小泉が本当に最後まで脱原発の姿勢を貫いて持続するものか、やはり見極める必要があるということです。
 と同時に、これは歴史の見方にも関係することで、脱原発に限らずおよそ歴史の変革は、反体制派の自然成長的拡大や目的意識的行動のみによってではなく、いわば体制内の分裂や自壊といったハプニングを伴うことなくては、難しいと考えるからです。そのような意味で、わたしは小泉の言動を限定的に大いに歓迎します。
 わたしは自分もその一員である反原発派や脱原発派の市民運動、あるいはまた、わたしは与しませんけど緑の党のような環境政党の政党活動の、いわば自然成長的拡大や目的意識的行動だけで、たとえば脱原発が実現するといった考えを持っていません。そのような幻想は持っていません。むしろ、体制内と体制外の複合的で重層的な交錯する過程が複雑に絡み合わうことなくしては、したがってまた、想定外のハプニングが新展開をもたらすことなくしては、いかなる歴史の変革も困難だろうと考えています。
 ひとことで言えば、歴史は偶然と必然のないまぜです。のみならず、どのような歴史や歴史的行為にも、時代の刻印と制約からくる限界があります。こうした観点から、わたしは引き続き微力ながら自分に可能な市民運動の課題に全力で取り組むと同時に、小泉の言動や政治の動きや政界の再編など、時代と状況の変化を注視していきたいと思います。
 最後になりますが、小泉の“原発ゼロ発言”のインパクトを受けて、安倍首相は純一郎の息子の進次郎を復興大臣政務官に任命しました。自民党内で小泉の脱原発の波紋がどう広がっていくか。わたしは国政レベルや政党レベルでは、緑の党などの環境政党には幻想を持っていません。もちろん、そのような政党があることは否定しませんが、むしろ自民党の河野太郎などもその1人である、政党横断的な「原発ゼロの会」の活動の伸長に期待します。

 

(注)本稿は当日の講演に若干修正を加えたもの 。ユーチューブで動画でも公開しています。