原発の下請労働者の話・ウラン採掘の労働者の話

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 日時:2015年11月6日
 場所:岩美町新井、恩地隣保館
 主催:岩美町立恩地隣保館
 講師:土井淑平

 

 

1 原発の下請労働者


 2011年3月11日の東日本大震災を引き金とした福島第一原発事故で日本中の原発が止まりましたが、若狭湾の大飯原発に続いて、九州鹿児島県の川内原発が再稼働しました。これから再稼働が相次ぐものと予想されます。
 原発は「科学技術の粋」だとか「科学技術の進歩と発展」を代表するものとよく言われますが、実は原発で働く下請労働者の手作業なくしては、あるいはまた、ウラン採掘労働者の被ばく労働なくしては、運転も停止もできない危険で野蛮な原始的技術です。
 わたしは原発の下請労働者に直接接したことはありませんが、樋口健二さんとか堀江邦夫さんのルポルタージュを読んで、その隠された世界を知りました。
 樋口健二さんは写真集『原発』(オリジン出版センター、1979年)で、一般の人はまったく見ることのできない、驚くべき原発下請労働者の姿を伝えています。
 原発下請労働者は、いのちを切り売りしながら、あちこちの原発を渡り歩いて作業するため、「原発ジプシー」などと呼ばれています。
 ものすごい放射線が飛び交う作業現場では、数分刻みで原子炉内に突っ込み、原子炉の入口に待機した次の作業員と交代するため、「原発特攻隊」なる異名を持ちます。
 堀江邦夫さんの『原発ジプシー』(現代書館、1979年)には、こういうくだりがあります。「アラームを鳴らした労働者が出てくると、私の横に座っていた男が入っていく。この入れ替わり立ち替わりは、じつに頻繁だ。アラームが鳴る。代わりの者が入っていく。アラームが鳴る ― 全面マスクと厚ぼったい防護服に身をつつみ、ただひたすら黙々と行動する彼らを見ていると、まるでロボットが無線であやられているような、そんな錯覚におちいる」。
 原発の下請労働者の姿を伝える最近のルポルタージュとしては、わたしたちが岩美町岩井出身の尾崎翠を検証する尾崎翠フォーラムに招いたピアノ弾き語りの音楽家・寺尾紗穂さんの『原発労働者』(講談社現代新書、2015年)という異色の新書もあります。
 1「原発の下請労働者」の写真は、樋口健二さんの写真集から抜粋したものです。
 ◇「福島第一原発に通じる”原発道路”」は、1979年の樋口さんの写真集から取ったものなので、つまり、今回の事故など予想もせぬまま、30数年前にクルマに乗せられて福島第一原発に向かう下請労働者の姿です。
 ◇「原子炉内部の下請労働者」は、原子炉内に充満している放射能を吸い込まぬよう、マスク付けて作業する原発下請労働者のいでたちです。
 ちょっと暗くて見にくいですが、◇「原子炉入口の下請労働者」は、原子炉入口で作業中の原発下請労働者です。
 ◇「作業後衣類をはぐ下請労働者」は、原子炉から出て、衣類をはぐ原発下請労働者です。衣類は中性洗剤で洗濯して再び着用します。
 ◇「シャワーを浴びる下請労働者」は、放射能が付着した体をシャワーで洗浄する原発下請労働者です。モニターとガイガーカウンターで測定しなければ外に出られない
 ◇「体の異常を和らげようと自家治療」の写真は、原発の下請け作業で、胃やノドの具合が悪くなったり、頭痛や関節、腰の痛みなどを訴え、体の異常を和らげるため、自家治療まで試みざるを得ない原発下請労働者です。
 原発下請労働者は人海戦術で、かつて黒人労働者まで駆り出されれました。◇「人海戦術で黒人労働者まで」は、1977年に敦賀原発で撮影されたものです。
 寺尾紗穂さんの本を読むと、現在でも黒人労働者や白人労働者が、原発の下請労働者として働いていることが分かります。
 1枚目の資料の一番下の真ん中の図表は、最近の樋口健二さんの講演から取ったものです。原発下請労働者は農漁民、被差別部落、元炭鉱マン、寄せ場などから集められ、これに未組織の都市労働者や連合労働者その他が加わります。
 その右の図表はフクシマの除染作業の重層的な下請け関係を示したもので、公式には表向き元請、一次下請、二次下請けの施工体系ですが、実際には下請は三次、四次、五次…と重層しています。
 2枚目の資料の左上は、1989年1月30日の毎日新聞の記事で、原発労働者の染色体異常を伝えるものです。染色体は病気や遺伝の関係します。
 その右の◇「福島第一原発の作業員」は、東電のHPから取った2013年4月の福島第一原発2号機の内部調査をする作業員です。東電社員なのか下請労働者なのか、分かりません。
 ◇「福島第一原発の作業者の被ばくデータ」も、東電の公表資料です。2012年3月の東電公表のデータによれば、(表の下から3番目)事故を起こした福島第一原発の作業員約2万人のうち、東電社員は3372人で2割弱、「協力企業」つまり下請労働者が全体の8割を超える1万7172人です。
 この表の最下段と2行目で見る限り、東電社員の方が下請労働者より被ばく線量が高いですね。
 しかし、この表には出てきませんが、事故直後3号機のタービン建屋で汚染水に足をつけながらケーブルの敷設作業をしていた下請労働者4人が被ばくし、うち2人は足に放射線でやけどを負い、病院で治療を受けています。

 

2 ウラン採掘の労働者

 

 さて、ここで、ウラン採掘の労働者の話に移ります。原発を運転するためには、ウランが必要で、原発の下請労働者同様、ウラン採掘の労働者抜きには原発は語れません。
 日本には岡山・鳥取県境の人形峠周辺と岐阜県の東濃地区に、2つの大きなウラン鉱山群がありました。戦後、「国産ウランの開発」を目指してウランが試掘されましたにが、結果的に質量とも実用に供するレベルではなく、「国産ウランの開発」は夢と終わり、海外からの輸入に転換しました。
 わたしは、人形峠周辺のウラン鉱山で働いていた労働者には直接接しています。なかでも、鳥取県側の旧東郷町(現在の湯梨浜町)方面(かたも)地区の東郷鉱山で働いた榎本益美さんは、ウラン採掘労働者として発破の先頭に立ち、実際にコールピックを使ってウランを採掘して被ばくした経験を持ち、その後の方面(かたも)地区のウラン残土撤去運動の中心人物となった方です。
 人形峠でウラン露頭が発見されたのは1955年(昭和30年)で、資料2枚目の真ん中左の写真は、その◇「人形峠におけるウラン露頭発見」の瞬間です。その右の写真は現在も人形峠に残っている◇「ウラン露頭発見の顕彰碑」です。当時、原子燃料公社が人形峠出張所を開設して、ウラン探鉱に乗り出しました。◇「原子燃料公社/人形峠出張所の開設」の写真が、それです。
 原子燃料公社はその後、「動力炉・核燃料開発事業団(動燃)」、「核燃料開発事業団(核燃)」、そして現在の「日本原子力研究開発機構(原子力機構)」と名前と組織を変えています。こうした事業体の変遷を、わたしは「(毒)ヘビの脱皮」と呼んでいます。
 ところで、真ん中右の地図◇「人形峠周辺のウラン鉱山群」は、岡山・鳥取両県にまたがる人形峠周辺のウラン鉱山群を示しています。岡山県側に「人形峠鉱山」、鳥取県側に「東郷鉱山」「倉吉鉱山」があります。
 ◇「ウラン探鉱の坑道掘削」の写真は、人形峠鉱山のものですが、2枚目の一番下左は、木の枠で組んだ坑道入口、その次の真ん中と右の写真はトロッコで掘り出したウラン鉱石を運んでいる写真です。
 3枚目の◇「素裸でウランを採掘」は、ウラン残土放置が発覚した当初、つまり1988年8月の動燃のパンフレットから取ったものです。シャツ1枚のほとんどハダカ同然の姿で、ウランを採掘しています。
 その右の◇「子供を連れてウラン採掘の坑道内で放射能を測定」は、共同通信の写真で、親が子どもを連れて放射能を測定しています。
 ◇「ウラン節のレコード」は、当時のウラン・ブームを反映して、日本マーキュリーが出していたレコードです。
 ところで、ウランとは、いかなる放射性物質か。表◇「ウランの崩壊で発生する放射性廃棄物」で示したように、放射能の半減期45億年のウランは、最後に鉛になって安定するまで、14回変身します。親のウランを含めて、怪人15面相です。その過程でラジウムやラドンといった危険な放射性物質が生じます。
 ◇「ウランの崩壊に伴う主な放射性物質」で示したように、ウラン238は、半減期45億年で、骨や腎臓のガンを誘発します。ラジウム226は、半減期1600年で、骨や肺のガンを誘発します。ラドン222は、半減期3.8日で肺ガンを誘発します。
 三朝温泉はラジウム温泉で売り出してきましたが、ラジウムは非常に危険な放射性物質です(小出裕章さんによると、ラジウムはセシウムより49倍も危険という)。それゆえ、ラジウムを売り物にする温泉の宣伝は明白な誤りです。
 三朝温泉はラジウム信仰の象徴ですが、もっと普遍的にはラドン信仰があります。これは、ラジウムやラドンは体にいい、という信仰です。わたしの経験では、全国各地に ― それこそ、どんな小さな町にも、「ラドン温泉」というのがあります。
 ラドン信仰は、ラドンはからだにいい、細胞を活性化する、といった妄想を伴います。岡山大学温泉研究所がそういう考えを示して研究しています。そして、低線量放射線は体にいいとする「ホルミシス説」を唱えています。わたしは科学的に間違っていると考えます。
 鳥取市内に、このホルミシス説に基づてラドンを吸わせる健康療法所なるものがあります。わたしは少なくとも2つ知っています。皆様、こういうマガイモノにひかからないようにして下さい。
 ラジウムの崩壊によって生ずるのが気体のラドンです。半減期は3.8日なので、すぐ消えるので安全かというと、まったく逆であって、気体のラドンが崩壊すると固体の放射性物質となって肺に付着するので危険です。
 ラドン222の屋外平均値は1立方メートル当たり5のベクレルですが、方面(かたも)下1号坑の入口では、なんとその1万8000倍のラドンが検出されているのです。大阪大学の福島昭三助教授が1991年8月30日、下1号抗前で測定したラドンは、1立法メートル当たり8万9100ベクレルでした。これを屋外平均値の5ベクレルで割れば1万8000倍になります。
ラドンこそ、ウラン鉱山でもっとも恐れられている放射性物質です。わたしがウラン探鉱当時の原子燃料公社年報を見ていたら、人形峠鉱山の夜次(よつぎ)の坑道内のラドン濃度が異常に高いことに気付きました。さっそく、大阪大学の久米三四郎さんに分析してもらったところ、ラドン濃度は基準の1万倍で、そこで2週間働けば肺ガン死、という恐るべき労働環境であることが分かりました。それを示すのが、◇「異常に高いラドン濃度→いずれ肺ガン死」、の新聞記事です。
 さらに、原子燃料公社年報の暦年のデータを京大原子炉実験所の小出裕章さんに分析してもらったところ、◇各ウラン鉱山における肺ガン死の予想発生数の表に掲げたように、人形峠周辺のウラン鉱山で1957年から10年間で、延べ70人のウラン採掘労働者の肺ガン死が予想される、という結果が得られました。
 それでは、たとえば、◇「ウラン採掘以後の方面地区のガン死亡者」の実態はどうかといえば、榎本益美さんの調査で延べ11人と分かりました。うち5人は肺ガン死でした。
 むろん、これをすべてウラン採掘の影響、ないしは、採掘以降のウラン残土の放置の影響とみなすことはできませんが、ガン死とくに肺ガン死が異常に多いという印象はあります。
 人形峠周辺で実際に採掘されたウランは、100万キロワットの原発を半年分まかなう程度で、品質も悪く、とうてい実用に供せず、人形峠は打ち捨てられた鉱山です。
 それゆえ、日本の原発は、もっぱら海外からのウラン輸入に頼っています。人形峠はいま見てきたように、ものすごい問題を抱えていますが、それでは日本がウランを輸入している国々では何が起きているか。
 わたしはかつて、拙著『環境と生命の危機 ― 格のゴミは地球を滅ぼす』(批評社、1990年)で、「世界のウラン採掘地と核廃棄物投棄地で起きていること」を乏しい文献からたどり、「環境と生命への永続する戦争とジェノサイド」と表現したことがあります。
 最近、世界のウラン採掘地の状況を映像で見る機会がありました。2012年に日本でも公開されたドイツのヨアヒム・チルナー監督のドキュメンタリー映画『イエローケーキ』です。
 そこに広がっていたのは、人形峠の何十倍、何百倍もの規模のウラン鉱山の荒涼とした風景でした。それは人形峠の現実から推して、日本が原発を動かす限り避けられない膨大な犠牲の大きさを暗示しているかのようでした。

 

 

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