原発再稼動

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フクシマを置き去りにした原発再稼働
      2015年度鳥取県教育研究集会
      「環境・公害と食教育」分科会における報告

 

  日時:2015年10月17日
  場所:県立青谷高校
  主催:鳥取県教職員組合・鳥取県高等学校教職員組合 
  報告者:土井淑平

 

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左が土井。右はかつて中国電力の青谷原発計画を共に闘ってそれを阻止し、現在、青谷反原発共有地

の会共同代表の横山光さん。

 

1 原発再稼働路線の始まり


川内原発の再稼働と桜島の噴火 


 きょうは、お配りしている新聞記事のコピーを資料として使いながら、「フクシマを置き去りにした原発再稼働」について報告したいと思います。
2011年3・11フクシマ原発事故以降、大飯原発の再稼働をはさんで続いていた日本の”原発ゼロ”の状態が、2015年8月11日の川内原発1号機、続いて10月15日の2号機の再稼働で打ち切られ、安倍政権のもとで原発再稼働路線が始まろうとしています。
 3・11の事故では、民主党の菅政権の指示で停止させられた浜岡原発を筆頭に、残る50基の原発が泊原発を最後に定期点検などですべて止まり、2012年5月から日本で稼働している原発は文字通りゼロとなりました。
 この間、民主党の野田政権の前のめりの原発再稼働路線で、2012年7月に大飯原発3号機、続いて4号機が再稼働しましたが、それから1年後の2013年9月にいずれも定期点検のため停止し、再び日本は”原発ゼロ”の状態に戻りました。したがって、それ以来、少なくとも2年間、日本では原発は全く動いていなかったわけです。
 周知のように、川内原発の近辺には、桜島、阿蘇の活火山があります。桜島は有史以来、活発な火山活動を繰り返してきましたが、なかでも文明(1470年代、安永(1779年)、大正(1914年)の大噴火は有名で、大正の大噴火では火山灰が九州から東北地方まで飛散したと記録されています。むろん、山陰の鳥取も火山灰をまぬがれず、わたしは子供のころ祖父から、大正の大噴火で桜島の火山灰が飛んできた、と聞いたのを覚えています。火山灰なかんずく火砕流が原発を直撃したらどうなるか、考えただけでもぞっとします。
 それにしても、安倍政権の暴走は原発再稼働だけでなく、安保法制の可決によるなし崩しの解釈改憲にも露骨に現われており、つまり、原発と戦争の再稼働に道を付けたのが安倍政権の仕事だったと言えます。


 大飯原発と高浜原発の再稼働差し止め

 

 ところで、2014年5月には、福井県の住民らが関電に運転差し止めを求めた訴訟で、福井地裁の樋口英明裁判長は大飯原発3号機と4号機の再稼働を認めないという判決を言い渡しました。3・11事故後、原発の差し止めを認める判決は初めてです。
 これにとどまらず、ことし5月には、福井地裁の同じ樋口英明裁判長は、福井県など4府県の住民9人の訴えを認めて、高浜原発3、4号機の運転差し止めの仮処分決定を出しました。いずれも画期的な判決・決定です。
 樋口裁判長は原子力規制委員会の「新規制基準」は「緩やかにすぎ、合理性を欠」き、新基準を満たしても安全性は確保されない、と指摘して政府の原発再稼働路線を根本から批判しています。
 ネットを見ると、原発の推進側はネットで「司法の暴走」などと樋口裁判長を非難しています。「暴走」しているのは原発の方で、司法はそれにブレーキをかけているのだからら、これはさかさまの論法です。。樋口裁判長は4月の異動で名古屋家裁に左遷されました。あり得る話です。


 原子力規制委員会の再稼働審査の状況

 

 ここで、原子力規制委員会の再稼働審査の状況を見ておきますと、規制委には15原発25基から審査申請がありました。要するに、大量の原発が再稼働のため手を挙げているわけです。
 これまで審査に合格したのは、川内1、2号機のほか、高浜3、4号機です。主要審査が終了したのは大飯3,4号機、玄海3,4号機ですが、これらについての規制委の結論はまだ出ていません。
 審査中は、柏崎刈羽6、7号機、女川2号機、浜岡3、4号機、島根2号機、泊1~3号機、東海第2、志賀2号機、東通1号機、大間(建設中)、美浜3号機、高浜1、2号機です。
 なお、審査をまだ申請していない審査未申請は、女川1、3号機、福島第二1~4号機、柏崎刈羽1~5号機、志賀1号機、敦賀2号機、大飯1、2号機、浜岡5号機、伊方1、2号機、玄海2号機です。
 廃炉が決定したのは、東海、浜岡1、2号機、福島第1から6号機、敦賀1号機、美浜1、2号機、島根1号機、玄海1号機です。
 舌先三寸の安倍政権は原発再稼働への地元の同意を取り付けるに当たって、川内でも伊方でも「原発事故発生のときは政府が責任を持つ」と閣僚に言わせていますが、フクシマで実証されたように、政府はろくに責任を取っていません。そもそも、事故の責任の所在すら、全然明らかになっていないではないか。東電幹部はもとより、原発に設置許可を与えた政府にも、重大な責任があるのではないか。


原発ゼロでも電力ゆとり


 電力会社と当局は電力の安定供給には原発が欠かせないと言ってきましたが、まず3・11以後の4年間、大飯原発の再稼働はあったものの、日本全体として原発ゼロで十分やってゆけたとの偽らざる実績があります。
 ことし8月の電力事情を見ても、電力需要のピークに対する供給余力を示す「供給予備率」は、大手電力9社のすべてが安定供給の目安となる3パーセントを確保し、電力9社の合計の予備率は6.8パーセントで、原発なくしても安定供給が可能なことを示しています。
 昨年6月には改正電気事業法が成立し、来年から家庭向け電力の小売りが自由化されます。電力の小売りは、2000年から産業用の大口利用者向けの新規参入が認められ、2004年には百貨店など商業用の中規模利用者向けにも拡大しましたが、いよいよ来年から一般の家庭向け電力も全面自由化されるわけです。
 これとともに、電力販売の地域独占が崩れます。原発の建設など巨額の資金を電気料金から回収する「総括原価方式」も自由化が進んだ段階で廃止されます。日本の電気料金が高いことが産業界の重荷になっていて、この電気料金の高止まりへの批判が電力自由化の背景にあったと言えます。


2 置き去りにされたフクシマ

 

 避難区域再編と早期帰還政策


 川内原発に続いて、安倍政権のもとで原発再稼働のラッシュが予想されますが、いったいフクシマはどこへ行ったのか、と思わざるを得ません。
フクシマ原発事故のおぞましさは、まず放射能の大量放出によって、放射線の管理区域に相当する高濃度の汚染地帯で200万人の住民が生活を余儀なくされている、という事実にあります。
 事故直後、政府は原発から半径20キロ圏内を「警戒区域」に指定し、半径20キロ圏外で年間積算放射線量が20ミリシーベルト以上の「計画的避難準備区域」の住民ともども、強制避難させました。半径20~30キロ圏内で「計画的避難準備区域」以外の「緊急時避難準備区域」は自主避難の対象となりました。
 その後、民主党の野田政権のとき「緊急時避難準備区域」は解除され、避難区域も年間放射線量に応じて「避難指示解除準備区域」「居住制限区域」「帰還困難区域」の三つに再編され、自民党の安倍政権もこれを踏襲しました。
 実際にふるさとを追われた福島県の”原発難民”は、避難指示区域や自主避難区域も含めて16万人になります。いまでも、12万人が避難したままで、ふるさとに帰るに帰れない状況です。
 「避難指示解除準備区域」は年間被曝線量が20ミリシーベルト以下の区域ですが、昨年からことしにかけて田村市、川内村、楢葉町で解除されました。しかし、政府が避難指示を解除したからと言って、地域の汚染は心配ないということでは決してありません。
 わたしは「10ミリシーベルトでガンが3パーセントふえる」という北海道の松崎道幸医師の仮説をとりあえずの目安としていますので、20ミリシーベルトなら危険はないなどと言った話を信じません。
 「10ミリシーベルトでガンが3パーセントふえる」は、松﨑医師の仮説と言いましたが、実は文部科学省の委託による研究で20万人を超える放射線業務従事者のガンの増加率を調べ、医療被曝データの検証も総合して導いた経験的な統計データです。(土井淑平『フクシマ・沖縄・四日市』、2015年、三一書房)の第一章「フクシマ ― 放射能汚染と原発難民」の一「高濃度汚染地帯の二百万人と放射能汚染水の大量流出」参照)
 政府や当局、そして、彼らの御用学者は20ミリシーベルトどころか100ミリシーベルトまでは安全だ、心配しなくていい、などといったデマをまき散らしていますので、わたしはこれに対抗して、被曝の危険を知る分かりやすい目安として、この「10ミリシーベルトでガンが3パーセントふえる」を持ち出すことにしています。


ついに始まった放射能汚染水の海洋放出  

 

 周知のように、舌先三寸の政治家たる安倍首相は、国際オリンピック委員会(IОC)で汚染水は「アンダーコントロール」と大見得を切って、東京招致を決めましたが、アンダーコントロールどころの話ではありません。
 小泉純一郎元首相がことし3月に福島県での講演で「全然コントロールされていない。よくもああいうことが言えるなと思う」と皮肉っている通りです。
 なにしろ、汚染水処理の切り札といわれたフランス製の多核種除去設備ALPSは、1昨年春の稼働後からトラブル続き、汚染水の増加を防ぐため原子炉建屋を取り囲む凍土壁の建設が昨年6月に始まったが、当土壁がうまく凍らず難航しています。土を凍らせる凍土壁は年間20億円の電気代を食います。
 東電はことし2015年2月、2号機の原子炉建屋の屋上から高濃度の放射性物質を含む汚染雨水が排水路を通じて外洋に流出していた事実を認めました。東電は昨年5月にも2号機の排水路の放射性物質濃度が高いことを把握しながら、汚染水の海洋流出を防ぐ措置は講じていませんでした。福島第一原発の西側の排水路を流れる汚染雨水の汲み上げが追い付かず、外洋に流出するトラブルはことし9月にも起きています。
 東電は汚染水を汲み上げてタンクに貯めていますが、タンクにも限界があるうえ、汚染水対策がニッチもサッチもいかないため、最後には公然たるタレ流しを実行することになります。それが国や東電の「サブドレン」計画です。
 この「サブドレン」計画は、原子炉建屋周辺の井戸「サブドレン」などから汚染水を汲み上げて浄化設備で処理後、放射性物質濃度が基準を下回っていることを確認したうえで、海へ放出する計画です。福島県漁連はことし8月、この汚染水の海洋放出の容認を決定し、9月から汲み上げが始まりました。
 どこまで浄化施設で処理できるのか疑問で、これから海洋汚染が大きな問題となってこざるを得ません。


汚染廃棄物の中間貯蔵施設

 

 わたしは1昨年、フクシマの現地を訪ねたさい、黒いフレコンバックに納められた除染廃棄物の山があちこちに仮置きされているのを目にしました。
 放射能を消すことはできないので、わたしは「除染」は「移染」、つまり、汚染物を移動することでしかないと考えますが、むろん、それでも、目の前の汚染物を袋に入れて生活場所から取り除くことに、意味がないわけではありません。
 昨年8月、福島県はその除染廃棄物をまとめて保管する国の中間貯蔵施設の受け入れを決めました。中間貯蔵施設は政府が候補地としている大熊町と双葉町に建設されます。続いて11月には、「国は中間貯蔵開始後30年以内に、福島県外で最終処分するために必要な措置を講ずる」ことを盛り込んだ改正法が成立しました。これは地元が搬入受け入れの前提とした条件の一つです。
 福島第一原発に伴う福島県内の汚染土壌や廃棄物のうち、大熊町の仮置き場から運び出したフレコンバック詰め汚染廃棄物の一部が、中間貯蔵施設の建設予定地内の保管場に初めて搬入されたのは、ことし2015年3月でした。
 新聞報道によれば、中間貯蔵施設の双葉町、大熊町への受け入れを求める国の住民説明会の場で出たのは、「最終処分場になるのでは」といった不安の声でした。人形峠周辺のウラン残土撤去運動から学んだわたしの教訓は、まさしくこの危惧の声にほかなりません。
 なぜなら、国の組織である旧動燃(日本原子力研究開発機構の前身)もまた、鳥取県東郷町(現在の湯梨浜町)方面(かたも)地区とのウラン残土撤去協定に基づき、動燃人形峠事業所(岡山県上斎原村、現在の鏡野町)に撤去しようとしたのですが、岡山県の反対で頓挫し、動燃ベッタリの西尾県政時代の鳥取県の差し金で撤去先を二転三転…否、五転六転してあれこれさ迷った挙句、つまるところ方面現地への据え置きを目指すとの振り出しに戻ろうとしたからです。
 その経緯はわたしが直接関わって記録も残しているので参照してほしいですが(土井淑平・小出裕章『人形峠ウラン鉱害裁判』批評社、2001年、第二刷2011年、小出裕章・土井淑平『原発のないふるさとを』批評社、2012年)の「原発のないふるさとの核廃棄物 ― 
 人形峠のウラン残土撤去運動の報告」)、核のゴミ(実は核の毒)はどこも拒否しますので、県外での最終処分は幻に終わる公算が高いとわたしは考えざるを得ません。


始末におえない廃炉処理 


 核のゴミ(核の毒)といえば、除染廃棄物はまだ”序の口”で、本当に厄介なのは廃炉と使用済み核燃料のあと始末です。はっきり言って、廃炉処理は始末におえません。
 事故を起こした福島第一原発1~3号機の溶けた核燃料がどこにあるかまだ分かっていません。ものすごい高放射線量で人が近づけないため、東電は2015年4月から炉心溶融を起こした原子炉格納容器内にロボットを投入しましたが、わずか3時間でロボットは停止し、状況がつかめないままで内部調査は困難を極めています。
 2015年度から始める予定だった核燃料の取り出し開始が、最大3年遅れになったと伝えられますが、30年から40年とされる廃炉作業がうまくいくかどうかすら怪しい状況です。
 小出裕章さんが溶け落ちた核燃料を取り出すのは困難で、つまるところ旧ソ連のチェルノブイリ原発と同様、「石棺」で封じ込めるしかないと言っています。(小出裕章『原発と戦争を推し進める愚かな国、日本』、毎日新聞出版、2015年)
 高レベル放射性廃棄物の毒性は信じ難いほど超長期にわたって続き、各国の政府や原子力当局は少なくとも10万年は環境に影響しないよう管理が必要であると認めています。それどころか、アメリカの原子力規制委員会は2009年、ネバダ州ユッカマウンテンへの高レベル放射性廃棄物の最終処分計画に関連して、100万年後の放射線レベルを考慮して計画を審査すると発表しています。
 原発を推進している人たちは、近視眼的に目先の利益しか眼中になく、10万年とか100万年の高レベル放射性廃棄物の管理など考えたこともないでしょう。そもそも、いまの電力会社や政府が、いったいいつまで持つのか。10万年とか100万年と言えば、人類の生存すら怪しいではないか。わたしたちはいつの間にか、"空想科学小説"や”未来小説”の世界に迷い込み、その世界を現実と錯覚しているのです。
 つまるところ、「あとは野となれ山となれ」が原発の最後の言葉です。
実際、原発再稼働どころの話ではありません。いったい、フクシマはどこへ行ったのか。16万人もの住民がふるさとを捨てて避難せざるを得なかった事実こそ、いのち以前に住民の生活基盤を奪う原発の暴力を象徴するものはないでしょう。ほとんど目に見えぬかたちで、それも広大な領域で汚染と被曝がフクシマで猛威を振るっています。子供を襲った放射能で甲状腺ガンが多発しています。フクシマの廃炉処理と汚染地の除染は、膨大な下請け労働者の大軍のいのちを削る労働なくしてあり得ません。心配されていた大量の汚染水の海洋放出も始まりました。
 どこを見ても、フクシマは置き去りにされています。わたしたちはこのフクシマの原点に立ち帰って、原発再稼働の恐るべき意味を考えてみなければなりません。

 

(追記)講演録の掲載に当たって、再新のデータに基づき、加筆と修正を加え、とくに後半部に大幅な加筆を加えました。

 

 

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