講演録

HOME

 

 土井淑平 講演 
『アメリカの世界軍事戦略と沖縄普天間基地の移設問題』

目次

 

一 沖縄のアメリカ海兵隊は抑止力として不可欠か?


1 時計の針を逆さに巻き戻しアメリカにヒレ伏した鳩山政権 


 新聞やテレビの報道で皆さまも目にされたように、鳩山由紀夫前首相は沖縄普天間基地の移設問題で、「国外移設、最低でも県外」という昨年9月の衆議院選挙前の公約を翻し、5月4日の沖縄訪問で名護市辺野古沖のくい打ち桟橋案を提案したさい、その理由をつぎのように説明しました。

 「海兵隊の存在は、必ずしも抑止力として沖縄に存在しなければならない理由にならないと思っていた。ただ、学べば学ぶにつけて、沖縄に存在している米軍全体の中での海兵隊の役割を考えたとき、それがすべて連携している、その中で抑止力が維持できるという思いに至った」と。
 その鳩山はかつて何と言っていたか。『文藝春秋』の1996年11月号に掲載された「民主党 私の政権構想」のなかで、鳩山はこう書いています。「日米関係は今後とも日本の外交の基軸であるけれども、そのことは冷戦時代そのままの過剰な対米依存をそのまま続けていくこととは別問題である」として「沖縄・本土の米軍基地の整理・縮小・撤去と「常時駐留なき安保」への転換を図ることができる」「私は、2010年を目途として、日米安保条約を抜本的に見直して、… 日米関係を新しい次元に引き上げつつ、対等なパートナーシップとして深化させていくことを提唱したい」と。
 一方、小沢一郎も日本は「普通の国になれ」の持論の持主で、この「普通の国」には一方的な対米従属からの脱却の意味が込められています。2004年8月に沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学構内に米軍ヘリが墜落した直後、『夕刊フジ』に連載中の「小沢一郎の剛腕コラム」で、「日米同盟は従属関係ではだめ」だと主張し、まだ民主党の代表だった昨年2月のクリントン国務長官との会談でも、「日米関係は従属的であってはならず、対等なパートナーシップでなければならない」と繰り返しているもその一例です。
 菅直人も2002年の著書『改革政権準備完了』で、「沖縄の海兵隊基地の大半は新兵の訓練基地として使用されており、ハワイやサイパンなどに移転しても、アジアの軍事バランスには影響しないはずだ」と主張していたのです。
 民主党の「沖縄ビジョン2008」は「県外移転の道を引き続き模索すべきである。戦略環境の変化を踏まえて、国外移転を目指す」としていました。政権目前の昨年9月の衆院選マニフェストでは「県外」や「国外」をはずしていたとはいえ、鳩山代表自ら沖縄に出向いて「最低でも県外に移す」と訴えた“口約”は“公約”であって、いまになってアレは「党代表としての発言」であって「党の公約ではない」と開き直るのは、見苦しい言い逃れと言うほかありません。
 これでは、党首討論など意味がないと野党の指導者から批判が出るのも当然です。鳩山は首相就任後、「辺野古の海にくいひとつ打てなかった」と前政権の現行案を皮肉り、辺野古沖の埋め立ては「自然の冒涜」だと自ら口にしていました。しかるに、何千本ものくいを打ち込んで、サンゴやジュゴンの生息地の海を破壊するくい打ち桟橋案は、言うところの「自然の冒涜」にならないのか。これは小学生のアタマでもわかるゴマカシですね。民主党政権の普天間問題は、大地震のあとの液状化現象のようにグシャグシャになっていまして、つまるところ沖縄を人身御供としてアメリカに差し出す以外に能がなかったと言っていい。
 鳩山にしろ菅にしろ民主党政権は、まさに冷戦時代の遺物を精算すべきときに、自らの言動に唾を吐きかけアカンベエをするかのごとく、かつての冷戦思考へと時計の針を逆さに巻き戻し、日米関係を自民党時代の対米追従の古い魔法の壷に再び封じ込めるのだから度し難い。あたかも属国の代官として、政権維持にとって至上命令と考えるアメリカにヒレ伏したこの顛末は、惨めにも滑稽なドタバタ喜劇と呼ぶほかはなく、ヘーゲルの言葉をもじって言えば、歴史は繰り返す、一度は悲劇として、二番目は茶番として、といったところでしょうか。
 のみならず、鳩山前首相は隠し玉のつもりで持っていた鹿児島県徳之島への移設案が、4月18日の反対集会に島民の半数以上の1万5000人以上が参加するという“島ぐるみ闘争”に直面して頓挫し、しかも徳之島の3町長がきっぱりと拒否の態度を表明しました。にもかかわらず、5月7日に首相自ら「1部の部隊が無理なら、訓練だけでも」と普天間のヘリ部隊の受け入れを要請し、日米共同声明にも徳之島の名前を突っ込む恥知らずの厚かましさです。あとでもう一度批判しますが、これは辺野古回帰案と同様、“琉球処分”の最新版と言わざるを得ません。

 

2 冷戦終結で時代遅れとなった日米同盟と在日米軍


 なるほど、1960年に改定された日米安保条約は第5条で、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の既定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」とうたっています。
 つぎの第6条では、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」としています。
 ここで見落としてならないのは、日本と極東における平和と安全のためという在日米軍の守備範囲の問題です。日米安保条約第6条の「極東の範囲」を問われた岸信介首相は、「フィリピン以北、グアム以西」だと答え、その範囲で活動する米軍に基地を提供するのだと説明しました。それはその後も政府の統一見解でもあったわけですがですが、いつの間にか在日米軍の守備範囲はこの「フィリピン以北、グアム以西」という「極東の範囲」をはるかに超え出てしまいます。
 こうした安保条約が規定する米軍の駐留目的からの逸脱にもかかわらず、在日米軍は日本と極東における平和と安全のためにある、というカラ文句だけがいまなお独り歩きしているのです。たとえば、沖縄で12歳の少女が米兵3人にレイプされ集団暴行を受けた1995年の暮、アメリカのウィリアム・ペリー国防長官がこの少女暴行事件の言い訳も兼ねて、東京の記者クラブで「米軍基地がここにあるのは、日本のためだ」「在日米軍がなければ、日本は攻撃を受けやすくなる」と開き直っているのも、その一例です。
 つまり、日米安保は日本の防衛ためにあり、在日米軍は抑止力として働いているというわけですが、これは日本の政府や一般の日本人のアタマに刷り込まれてインプットされ、あたかも永遠の真理か不滅の霊魂のごとくに取りついて離れない刷り込みの固定観念でもあったわけです。だが、この間、国際情勢や極東情勢も大きく変わり、日米安保や在日米軍の当初の存在理由が損なわれていることを認めなくてはなりません。
鳩山前首相は5月23日に普天間移設先の辺野古回帰案をもって沖縄県を再訪したさい、北朝鮮のものとみられる魚雷による韓国の哨戒艦の沈没事件は“渡りに舟”とばかり、「昨今の朝鮮半島情勢」や「東アジアの安全保障環境」を引き合いに、「海兵隊を含む在日米軍全体の抑止力を低下させてはならない」と強調しました。
 ここで想定される「抑止力」の相手は、さしあたり中国と北朝鮮でしょう。鳩山よりもさきに官僚と結託して辺野古回帰案のハラを固めていた岡田外相も、5月14日の衆院安全保障委員会で、沖縄海兵隊の「抑止力」の対象として、中国と北朝鮮を挙げています。
 まず、中国について検討しますと、すでに2006年から日本の対中貿易量は対米貿易量を上回っていまして、今後ますます貿易上でも外交上でも重要なパートナーシップが求められていることは明らかで、いわゆる「中国の脅威」もそれに対処するための在日米軍の「抑止力」なるものも、要するに時代遅れの冷戦時代のきまり文句の固定観念でしかありません。東シナ海のガス田の問題も外交で解決すべき問題であって、「ワシのうしろには親分のアメリカさんのこわい軍隊がついとるぞ」といった米軍の威嚇で解決できる問題ではありません。
 それどころか、アメリカにとっても中国はいまや経済的に持ち持たれつの密接な関係で、2003年から対中貿易量は日米貿易量を上回り、その差はますます増大しているばかりか、2008年から日本を抜いて中国は世界最大の米国債保有国となって、膨大なアメリカの財政赤字や戦争経費を支えているのです。
 つい最近 ― それもこの5月、アメリカはヒラリー・クリントン国務長官以下200人もの訪中団を北京に派遣し、アメリカと中国の閣僚らで米中の安全保障と経済分野の懸案を話し合う米中戦略・経済対話を行い、ここでも協調路線を確認したばかりです。人民元の切り上げ問題で、中国の胡錦濤・国家主席はアメリカの圧力によってではなく、自主性の原則で対処するとの方針を明らかにしましたが、ここらがアメリカの腰ギンチャクよろしく、何でもアメリカの言う通りにヘイコラ追従してきた日本の政治家とは違うところだな、と感じさせられました。つまり、残念ながら、日本の政治家に比べれば、中国の政治家の方がオトナなのです。
 のみならず、いつでも米本土を攻撃できる中国の核兵器と大陸間弾道弾を考えると、アメリカが中国と戦争できるわけもなく、この点でも沖縄海兵隊や在日米軍が抑止力になるどころの話ではありません。もともと、太平洋戦争まではアメリカと中国はわたしたちの想像以上に親密な関係でしたが、ポスト冷戦でお互い警戒しつつもこの関係が復活しつつあり、アメリカは日米同盟よりも米中関係を重視しつつあります。
 つぎに、毎度お騒がせの「北朝鮮の脅威」です。たしかにブッシュ政権は北朝鮮を“悪の枢軸”呼ばわりしましたが、それはアメリカに刃向かう核だけは潰さねばならないという意味でして、イラクやカスピ海のように石油・ガス資源などまるでない国ですので、アメリカは戦略的に北朝鮮を重視していません。
 かりにも、北朝鮮が日本に攻撃を仕掛けたり、あるいは攻め込んだりといったことは、米本土や米兵に被害が及ばない限り実は意に介しない、というのがアメリカのホンネと見るべきです。北朝鮮にとっても、日本ではなくアメリカこそが大事な相手であって、米朝平和条約の締結に当面の目標があります。沖縄の海兵隊をはじめ在日米軍の「抑止力」が怖いから、北朝鮮が日本への行動を押さえたり制御したりする理由になるとは考えられません。
 鳩山前首相が“渡りに船“の言い分けに使った韓国の哨戒艦の沈没事件は、民主党内からも「『渡りに船』ならぬ『渡りに哨戒艦』」との皮肉がささやかれたほどです。やはり、「北朝鮮の脅威」なるものも在日米軍の盾によってではなく、中国を介した粘り強い外交交渉で対処するしかない、というのがわたしの考えです。
 だいいちに、わたしはみなさまに申し上げたいのだが、北朝鮮はべつに核兵器を持たなくとも、アメリカや日本に重大な攻撃を加えられます。それはどういうことかと言うと、航空機や潜水艦でなくとも普通の船で近づいて原発を攻撃すれば、一種の核爆弾を落とすに等しい核攻撃になるわけですから、原発を持つ国や地域は大変に危険な核爆弾を抱えていることになるということです。このことは、わたしが前から言ってきたことなのですが、ほとんど身近に認識されていませんので、このさい強調しておきます。
 これはわたしの口から出まかせの妄想ではありません。たとえば、アメリカの中央情報局出身でテロ対策にくわしいハーバート大学ケネディ行政大学院のモワットラーセント上級研究員は、核テロの3つの可能性のトップに、ハイジャック機で原発突入の危険性を挙げています。図1「核テロ三つの可能性」は、朝日新聞(2010年4月21日)から取ったイラストです。(図1)「核テロ三つの可能性」/出典:『朝日新聞』(2010年4月13日)
 先日の島根原発の差し止め訴訟判決で、松江地裁は原告の請求を斥けましたが、そんなことで安心できる問題でないことは、この地震列島に住んでいる者には分かるはずです。みなさまの目の前に島根原発があるということは ― お隣の鳥取県に住むわたしにとっても同じですが ― かりに原発の重大事故をまぬかれたとしても、原発がある以上はそれを攻撃される危険性をつねに背中合わせに背負ってます。いま狭い日本列島には54基の原発が林立していますので、いつでも54発の核爆弾に変わるということを再認識すべきときです。
 この問題では、沖縄の海兵隊が54基の原発を守ってくれるわけではないのですから、沖縄の海兵隊が「抑止力」になるなどというのは、あり得ぬナンセンスです。日本が平和外交に徹しなければならない理由も、あるいはまた、平和憲法を大事にしなければならない理由もここにもあることを肝に銘じなければなりません。
 それから、もう一つ、沖縄から海兵隊が撤退すれば「抑止力」が失われると言われますが、あとでデータを示すようにアメリカの海兵隊の大半が米本土ないしは米国領に駐留しており、海外では沖縄以外にはほとんど駐留していないのが現実です。それでは、いったい、アメリカが同盟関係を結んでいる諸国や地域では、海兵隊の駐留がないので「抑止力」はないのか、と開き直って問い返したくなります。
 米ソ冷戦が終わったとき、実は北大西洋条約機構(NATO)も同様ですが、すでに日米安保の役割は条約の内容とはかけ離れたものになっていました。あとで取り上げますが、沖縄の米軍は日本を守るための「抑止力」として配備されているのではなく、米ソ冷戦後のアメリカのグローバルな世界軍事戦略の前方展開の前進基地として位置づけられていることを見落としたら、わたしたちは何も理解できず馬鹿を見ることになります。沖縄の基地は日本のためにあるのではなく、アメリカのためにあるということです。
 かつて海軍兵士として在日米軍に勤務した経験を持ち、米兵による少女暴行事件の翌年の1996年、沖縄県の大田昌秀知事に招かれて沖縄の米軍基地を実地に見て回った、アメリカの国際政治学者チャルマーズ・ジョンソンも、ベルリンの壁の崩壊のあとも東ドイツに駐留していたソ連軍になぞらえ、沖縄は「治外法権」の「アジア最後の軍事植民地」であり、それは日本の防衛のためではなく、地球的規模で「アメリカの覇権を維持し強化していく」という「アメリカの壮大な戦略」に利用されているのだとして、「地上部隊をアメリカ領にかえし、沖縄県民に押しつけられた重荷を軽くする」よう提案しているのです。
 もう1人挙げますと、ノーム・チョムスキーのようなアメリカの反体制知識人ではなく、それこそ代々頑固な共和党支持者で敬虔なキリスト教徒の家で生まれ育ち、外交官としてベトナム戦争を推進する仕事に就き、レーガン政権では商務長官特別補佐官を努めた、いわば保守本流の論客たるクライド・ブレストウィッツも、冷戦の遺物の「日米同盟は時代遅れ」だと断言し、「米軍の日本駐留は大幅に削減しなければならないし、沖縄全島も本当の意味で日本に返還すべきだ」と主張しているのは、日米同盟の固定観念にとりつかれた日本人の“目のウロコ”を落とす“頂門の一針”と言えるかも知れません。

 

3 グローバルな世界戦略の前進基地となった沖縄


 年表1「戦後の日本と沖縄」を参考にしながら話を進めますが、アメリカによる日本占領下の1950年6月に勃発した朝鮮戦争で、沖縄をはじめとする日本の米軍基地は兵站と出撃の基地となりました。こうした情勢を背景にアメリカは警察予備隊の名で日本の再軍備を迫り、1954年には自衛隊が発足しています。この間、占領軍の厳しい弾圧に抗して、基地反対・再軍備反対・全面講和の中立日本をめざす国民運動が、それこそ全国各地で澎湃として展開されたことも、記憶にとどめておかねばなりません。

 

a


 1951年9月の吉田茂全権によるサンフランシスコ平和条約で、アメリカによる日本の占領は終わりましたが、日米安全保障条約(旧安保)により米占領軍は在日米軍として常時駐留することになりました。その在日米軍なかんずく沖縄基地が米ソ冷戦下の朝鮮戦争に引き続き、1960年代から70年代のベトナム戦争で決定的な役割を担ったことは忘れてならないことです。
 アメリカ太平洋軍総司令官のグラント・シャープ海軍大将が1965年に、沖縄の米軍基地がなければアメリカはベトナム戦争を戦えなかったと言っているのも、その語り草の1つと言えるでしょう。アメリカはインドシナ半島が共産主義化すれは近隣諸国がつぎつぎドミノ倒しのように共産主義化していく、といういわゆるドミノ理論を立て、しかも自作自演のトンキン湾事件をデッチ上げて、ベトナム戦争に介入していったのですが、ベトナム人民の戦いは共産主義者の侵略どころか欧米列強の植民地支配からの民族解放闘争だったのです。それゆえ、アメリカのベトナム戦争介入が「共産主義封じ込め」に名を借りた「民族独立闘争の弾圧」だったことは、歴史的に銘記さるべき重要な事実です。
 ベトナム戦争は日米安保で守備範囲とした「フィリピン以北、グアム以西」の「極東の範囲」を逸脱しているばかりか、ベトナム戦争以後これがどんどん拡張されていって、いまでは湾岸戦争からアフガン戦争やイラク戦争まで、アジア太平洋地域を超え出てグローバルに拡大していることは見逃せません。
 ところで、沖縄の海兵隊の任務ですが、アメリカのワインバーガー国防長官は1982年の米上院歳出委員会で、こう説明しています。「沖縄の海兵隊は、日本の防衛に当てられていない。そうではなくて、沖縄海兵隊は即戦海兵隊をなし、第7艦隊の通常作戦区域である西太平洋、インド洋のいかなる場所にも配備されるものである」と。
 沖縄の海兵隊の任務については、1991年の米議会の会計検査院の報告書でも、ワインバーガーの発言とほとんど同様の位置づけがなされています。すなわち、「(日本にいる)太平洋海兵艦隊の海兵隊員は、ほとんど沖縄に配備され、2万1631人を要する第3海兵遠征軍に所属している。日本にはいるが、その部隊は責任をもつ太平洋戦域の内にも外にも緊急配備されるものである」と。
 地図1「在沖縄米海兵隊の国外での活動」は朝日新聞から取ったものです。近年、日米関係や沖縄普天間の問題で、元ワシントン特派員・船橋洋一主筆の朝日新聞の報道姿勢は、アメリカに刷り込まれていてまったくおかしいのですが、その朝日が沖縄海兵隊の海外活動を示した図です。この図を見るとひと目で分かるように、日米安保条約の「極東条項」は事実上反古にされ、グローバルに拡張されています。(地図1)「在沖縄米海兵隊の国外での活動」/出典:『朝日新聞』(2010年5月23日)
 その実質において日米安保はいつの間にか大変貌をとげていたわけです。いまや、沖縄に過剰に集積された在日米軍は、日本の防衛はおろか極東の防衛のためにあるのでもありません。それはわたしたちの知らないうちに、米軍のグローバルな世界軍事戦略による前方展開の前進基地の役割を担うものへと変えられてしまっているのです。
 これは日米安保条約からの明白な逸脱を意味するばかりか、あとでもう一度取り上げますが、日本の戦争行為を禁じた憲法違反に該当します。いや、より正確には、これまで歴代の日本政府の解釈改憲の手法によって、いわばなし崩しに非公式の解釈安保改定をやってきたのです。いまだに冷戦時代の抑止力を恥ずかしげもなく口にする鳩山や菅の民主党政権だけでなく、すっかり裏をかかれているお人よしの日本人全体がお目出度いと言うべきです。

 

4 普天間基地の移設問題と沖縄海兵隊のグアム移転計画


 これから、年表2「普天間基地移設先とグアム移転をめぐる日米の動き」を見ながら、沖縄の普天間基地の移設問題の経緯を駆け足でたどります。1995年9月の米兵による少女暴行事件によって ― 暴行というと何か頭でもゴツンと殴られたと思われては困ります、3人の米兵が少女を拉致し強姦した凶悪事件です ― このおぞましい凶悪事件によって島ぐるみの基地反対運動が劇的な高まりを見せ、沖縄県の大田昌秀知事が反戦地主の土地を基地のため使用継続するのに必要な代理署名を拒否するといった情勢のなかで、村山政権のとき日米両政府も「沖縄に関する特別行動委員会」(SACO)を設立しました。

 

a


 そして、翌1996年12月の最終報告書で、沖縄本島の宜野湾市にある海兵隊の普天間基地を沖縄県内の代替基地と引き換えに返還し、沖縄基地の整理縮小に取り組むことに合意したのです。その代替基地として白羽の矢が立ったのが、沖縄本島東海岸の名護市辺野古のキャンプシュワブ沖で、1999年11月から12月にかけて、むろん政府のものすごい工作を背景に、沖縄県の稲嶺恵一知事と名護市の岸本健男市長が受け入れに同意し、1999年末に小渕政権は閣議決定でキャンプシュワブ沖の埋め立て計画を承認しました。地図2「沖縄の米軍基地」に辺野古のキャンプシュワブの場所を示しておきました。

 

a


 その後、2005年10月に小泉政権下の日米両政府の「日米同盟:未来のための変革と再編」で、キャンプシュワブ沖の施設と沖縄海兵隊のグアム移転が合意されます。翌2006年5月の「在日米軍再編実施のための日米ロードマップ」合意は、2014年までを目標にキャンプシュワブ沖の施設を完成させ、沖縄海兵隊の司令部要因・指揮部隊8000人と家族9000人のグアム移転を盛り込み、沖縄には4000人の実働部隊が残ることになっています。地図3「グアムの米軍基地」をご参照下さい。色の濃い部分が今回の移転で新設される基地の関連予定地です。実は沖縄残留の4000人は日本を金ズルにしたいアメリカのアリバイ工作の疑いが強い、ということを指摘しておかなければなりません。

 

a


 沖縄海兵隊のグアム移転費用は、2009年つまり昨年2月の自民党末期政権の中曽根弘文外相とオバマ政権のヒラリー・クリントン国務長官による「グアム協定」で、総経費102.7億ドル(約9000億円)のうち6割近くの60・9億ドル(約5300億円)を日本が負担することになっています。
 ところで、2006年5月の日米ロードマップ合意から2カ月後には、米太平洋軍司令部の「グアム統合軍事開発計画」なるものが発表され、しかもこの計画案は2年後の2008年4月に「グアム統合マスタープラン」として国防総省に承認されました。そして、翌2009年つまり昨年11月には、このマスタ―プランを実行するため米国防総省の「環境影響評価案」が発表され、事業や施設の設計の入札広告も実施中です。
 米国防総省の「環境影響評価案」は、沖縄の普天間基地の移設先としてグアム北端の台地に位置する広大なアンダーセン空軍基地を想定し、「アンダーセン空軍基地は(飛行場機能の)適合性と基準のすべてを満たした。唯一の理にかなった選択肢である。この国防総省の現存飛行場は、沖縄から移転することになっている航空機を受け入れるだけの充分なスペースをもつ」と明記しています。
 アンダーセン空軍基地は、普天間基地のほぼ13倍、嘉手納空軍基地の4倍の総面積63.5平方キロもあります。グアム島の総面積の3分の1は米国防総省の所有地ですが、沖縄海兵隊だけでなく原子力空母の寄港や陸軍ミサイル防衛任務隊の設置なども控えて、米軍が使用する面積は新規に取得する土地も含めてグアム島の40パーセントを超える見込みといいます。これに加えて、グアム駐留軍の演習用に北東のテニアン島も使うことになっています。
 アメリカの議会は昨年12月の両院協議会で、沖縄海兵隊のグアム移転の費用として、2010会計年度に3億1000万ドルの計上を承認済みです。しかも、日本の防衛省も沖縄海兵隊のグアム移転事業の一部がすでに契約済みか入札公募中であることをホームページで公表しています。こうした動きを見ると、米軍が沖縄海兵隊のグアム移転事業がすでに実施段階に入っていることは明らかです。
 普天間基地のある宜野湾市の伊波洋一市長が昨年11月に上京し、環境影響評価案などの米軍資料をもとに与党の国会議員に説明し、あるいはまた、12月に再度上京して講演で明らかにしたように、沖縄の海兵隊は司令部だけでなく主要な部隊が一体的にグアムに移転することになっているのです。その内容は宜野湾市のホームページ「普天間基地のグアム移転の可能性について」(2009年11月26日)にくわしいので、インターネットをやっておられる方はぜひ見てほしいと思います。
 沖縄出身の国際ジャーナリストで政治学者でもある吉田憲正も、この伊波市長の重要な指摘に注意を喚起しつつ、米軍資料を独自に分析しています。ウェブサイトで公表されている米海軍施設本部(ホノルル)の統合グアム計画室作成の全10冊からなり大部な「環境影響評価案」によると、沖縄からグアムに移駐する海兵隊は司令部と常駐部隊だけで8552人、一時駐留部隊を含めると1万人を超えることになっています。
 ところで、アメリカのゲーツ国防長官は昨年10月に来日したさい、「普天間の県内移設がなければ、在沖海兵隊のグアム移転もない」と鳩山政権に迫まりましたが、これが一種の脅しであることは言うまでもありません。ことし5月21日にクリントン国務長官が来日して、日米共同声明を発表させたのも同様で、裏を返せばアメリカ政府にとっても、米軍のグアム統合計画はもうあと戻りできない、ということなのです。
 しかしながら、アメリカのゲーツやクリントンの圧力には根拠があります。それは何かというと、世界でも群を抜くダントツの日本の対米軍事援助は、アメリ政府や軍部にとって在日米軍をおいしい金ヅルにしているので、手放せないということです。かつて「オキナワ」を訪れたアメリカの新聞記者によって「リトル・アメリカ」と称賛されたように、とりわけ沖縄の米軍基地は兵士や家族にとって、いまなお世界に2つとないレジャーランドかパラダイスのような豪勢な設備を備えていて、いわばアメリカの軍部の隠し財産のようなものでもあるからです。
 すなわち、アメリカ政府や軍部としては、海兵隊の大半をグアムに移転させるが、金ヅルにしてパラダイスの沖縄の基地はカタチのうえだけでも残し、都合のいい米軍の資金ポンプとして日本からカネと遊興費を吸い上げ続ける、というハラなのです。この金ヅルの問題はあとでもう一度、データを示しながら見るつもりです。

 

続き