もんじゅ・脱原発・総選挙

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「もんじゅ・脱原発・総選挙 - 12/8「もんじゅ廃炉を求める全国集会」に参加して」

 

 

 

                      「もんじゅ」を遠望する敦賀の白木海岸での全国集会(2012年12月8日)

 

1、脱原発全国交流会ともんじゅ廃炉全国集会

 

 2012年12月7日に福井県敦賀市で開かれた「脱原発全国交流会」、並びに、翌8日にもんじゅを望む白木海岸で開かれた「もんじゅ廃炉を求める全国集会」に参加してきました。
 7日の「脱原発全国交流会」は原発・原子力施設立地全国連絡会と原水爆禁止日本国民会議の主催。8日の「もんじゅ廃炉を求める全国集会」の呼びかけ団体は、原子力発電に反対する福井県民会議、原水爆禁止日本国民会議、原子力資料情報室、ストップ・ザ・もんじゅ、反原発運動全国連絡会の5団体です。
 このうち、反原発運動全国連絡会は『はんげんぱつ新聞』の発行元の反原発運動の全国ネットワークで、わたしも1980年代初頭の青谷原発立地阻止運動のころから参画してきましたが、今回の集会はガンで亡くなられた原子力発電に反対する福井県民会議の代表で反原発運動全国連絡会の主要メンバーでもあった小木曽美和子さんの追悼集会も兼ねていました。
 旧知のメンバーの何人かと顔を合わせましたが、先日の11月11日の東京行動で久し振りに出会った関西在住の反核活動家、ル・パップさんと再会したのも奇遇でした。
 7日の「脱原発全国交流会」では、原子力資料情報室の共同代表である伴英之さんが「日本の原子力政策について」報告したあと、福井、青森、福島、神奈川、柏崎、島根、山口、佐賀、自治労など各地からの報告があり、わたしも人形峠の状況と「もんじゅ」についての私見を簡単に述べました。
 翌8日の800名が参加した「もんじゅ廃炉を求める全国集会」は、折からの小雪と強風の白木海岸で行なわれ、主催者らの挨拶のあと「もんじゅ」ゲート前までデモ行進し、日本原子力研究開発機構に廃炉を求める抗議要請文を手渡しました。
 午後からは小雪の降りしきる敦賀市内のきらめき港館に会場を移し、九州大学副学長の吉岡斉さんの講演「もんじゅの現状と今後の闘いについて」、核燃料サイクル施設を抱える核燃料サイクル阻止1万人訴訟原告団の佐原若子さんらの講演があり、「もんじゅ」廃炉の意思をを全員で確認しました。

 

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             「もんじゅ」のゲート前までデモ行進。抗議要請文を日本原子力研究開発機構に提出(2012年12月8日)

 

2、「夢の原子炉」ならぬ「ホラの原子炉」

 

 周知のように、高速増殖炉原型炉の「もんじゅ」は、使った以上のプルトニウムを生み出すので、原子力の推進側は「夢の原子炉」などと誇大宣伝してきました。
 しかし、「もんじゅ」は1980年以来この30年間に、1兆円近い国の税金を使ってきましたが、何の役にも立っていません。ほとんど発電どころか増殖などしていません。
 1995年のナトリウム火災事故をはじめ、試運転中のトラブル続きで止まったままで、「夢の原子炉」どころか「ホラの原子炉」ないしは「デマの原子炉」です。
 そもそも、高速増殖炉はアメリカやフランスをはじめ、原子力を推進している世界のどの大国も、見込みなしと見切りをつけて開発から撤退しているのです。
 ごく最近、たんぽぽ舎の通信で槌田敦さんが明らかにしているように、高速増殖炉が増殖などしないことは、すでに1980年の国際核燃料サイクル評価(INFCE)の報告で分かっていたことです。

 

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                敦賀市内のきらめき港館に800人が参加して、「もんじゅ」廃炉を求める大集会(2012年12月8日)

 

3、なぜ「もんじゅ」にしがみつく?

 

 それでは、なぜ、日本の政府・官庁は「もんじゅ」にしがみつくのか。それは下北の再処理工場ともども、日本の歴代政府が核武装の野望を捨て切れないからです。
 槌田敦さんによれば、「もんじゅ」と茨城県大洗町にある高速実験炉「常陽」で、これまで広島原爆20発分に相当する軍事用プルトニウムを生産していたそうです。
 この「もんじゅ」を使用すれば、年間100発程度の小型原爆がつくれ、10年もすれば中国を超える核大国になれる、との推進派の胸算用もありました。
 しかも、「もんじゅ」は、日本の核武装の野望のためのカクレミノとして、「核燃料サイクル」という美名を使ってきました。
 ところが、さきに指摘した1995年のナトリウム火災事故で、「核燃料サイクル」というカクレミノが破綻したのです。
 それを取り繕うのが、ウランとプルトニウムの混合燃料を原発で燃やす「プルサーマル」だったわけです。

 

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              「もんじゅ廃炉を求める全国集会」の前夜に敦賀で開かれた「脱原発全国交流会」(2012年12月7日)


4、石原慎太郎の発言に寄せて

 

 日本の政府・官庁が国策として原発を推進するのは、第一に原発に群がる電力会社はじめ大企業と財界に奉仕するため、第二に核武装の潜在力の保持のためです。
 石原慎太郎がまだ東京都知事だった先日の9月6日、この敦賀の「もんじゅ」を視察したことは、ご存知でしょうか。石原はこの視察のさい述べています。「もんじゅ廃炉なんてとんでもない。絶対に廃炉にしてはいけない」と。
 わたしは小さい記事でしたが、この石原の「もんじゅ」視察に注目しました。最近、橋下徹と野合して日本維新の会の代表となった石原が、かねてからの名うての核武装論者であることは、皆さんもご承知のことでしょう。
 これまでにも石原はぶちあげていました。「日本が世界から尊敬され、重んじられるようになるためには、少なくとも1回は核爆発をやってのけなければならない」と。まるで北朝鮮の指導者もどきのコケオドシの言い草ではありませんか。
 つい先日の11月20日の外国特派員協会での講演でも、「いま世界の中で核を持っていない国は外交的に弱い」として、「核兵器に関するシミュレーションぐらいやったらいいと思う」と述べています。
 その石原にくっついた維新の橋下徹に至っては、非核3原則が禁じる米軍の核持ち込みを容認する発言で、物議をかもしている有様です。声高に核兵器容認や憲法改正をぶち上げる石原と橋下は、いわばウルトラ右翼の大タカ小タカの危険人物と言えます。

 

5、石破茂の発言に寄せて

 

 最近の動きとして、もう一つ生臭い話を、紹介しておきます。
 自民党幹事長の石破茂は、わたしと同郷の鳥取県選出の代議士で、俗に「プラモデル専門の軍事オタク」とも呼ばれていますが、原発と核武装の関係について、こう言っています。
 「原発を維持するということ」は「核兵器を作ろうと思えば一定期間のうちに作れる」という「核の潜在的抑止力」になっている、と。逆に言えば、「原発をなくすということは」は「その(核の)潜在的抑止力」をも「放棄」することになる、と。
 実は、これこそ、自民党の歴代政権と官僚組織の幹部たちが、基層低音のように保持し継承してきたところの、〝核武装の潜在力の保持〟ないしは〝核兵器生産の技術的能力の担保〟、つまり国策としての原発推進のもう一つの深層の動機だったのです。
 わたしが『原発と御用学者 ― 湯川秀樹から吉本隆明まで』(三一書房ブックレット、2012年9月)で紹介したように、佐藤栄作政権下で中曽根康弘も関与して、4つか5つの核武装研究が秘かに行なわれていました。
 それを集約的に表現したのが、1969年の外務省の秘密文書「わが国の外交政策大綱」です。それにはこう書かれています。「当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル(能力)は常に保持するとともに、これに対する掣肘をうけないよう配慮する」、と。
 つまり、石波茂はさきの発言で、この自民党の歴代政権の〝御真映〟のごとき〝タブー〟を、ポロッともらしてしまったのです。というよりも、このタブーを自民党政治家たちが公然と口に出し始めたことの現われとも言えます。
 ことし6月、国民が何も知らないのをこれ幸いとばかり、民主・自民・公明3党の談合で、「原子力基本法」のなかに「我が国の安全保障に資する」の文言を挟み込む法改正を行ないました。これはわが国の〝核兵器開発〟に〝道を開けておく〟ことを意味します。

 

6、「もんじゅ」の名前の由来

 

 敦賀の高速増殖炉と新型転換炉には、それぞれ「もんじゅ(文殊)」と「ふげん(普賢)」なる菩薩の名前がついています。
 この名づけ親は永平寺の貫主だとの説もありますが、旧動燃(現在の日本原子力研究開発機構)の広報室長が、1996年に産経新聞に寄稿した記事によると、当時の動燃理事長が東大教授から日本仏教学会の初代理事長になった宮本正尊、並びに、国文学者で歌人の土岐善麿の協力を得て、命名したというのが真相のようです。
 わたしは『原子力マフィア』(編集工房朔、2011年12月)とか、さきの『原発と御用学者』といった、物騒なタイトルの本を書いてきた著者ですが、「原子力マフィア」が育てて使う「御用学者」は自然科学系の物理学者や工学者とは限りません。文系の仏教学や国文学の学者たちをも動員しているのです。
 ご承知のように、いま大飯原発や敦賀原発の活断層の再調査が行なわれていまして、むろん地震学者や地質学者の活断層隠しの犯罪的行為の責任は大きいと言わねばなりません。原発や「もんじゅ」は、歴代政権と原子力マフィアと御用学者の結託の産物だからです。

 

7、総選挙を前にして思うこと


 言うまでもなく、脱原発のためには、①再稼働を許さず、すべての原発を廃炉にすること、②ここ敦賀の「もんじゅ」と下北の再処理工場を止めること ― この2つが表裏一体の課題です。
 その脱原発の動向を左右する総選挙が目前です。原発・もんじゅ・再処理工場の廃止をはっきりうたっているのは、旧来からの社民党に加えて嘉田由紀子の日本未来の党です。
単独過半数の勢いと伝えられる原発推進の安倍自民党が、脱原発の政治的な敵対物であることは間違いありません。2030年代「原発ゼロ」をうたっている野田民主党も、「もんじゅ」と再処理工場をなし崩しに継続する方針です。
 民主党を〝第2自民党〟とすれば、石原慎太郎とくっついた橋下維新は〝第3自民党〟です。これらは総選挙後に自民と野合し、原発容認を含む大政翼賛会となる可能性があります。
 〝第3極〟もどこへやら、日本維新の会の代表の石原慎太郎は公然と原発推進を叫び、橋下徹もまた口を拭って「日本未来の党には未来がない。脱原発は火星旅行みたいなものだ」、と批判のホコ先を日本未来の党に向け、自分たちが自民党の〝第1.5極〟の〝別働隊〟の補完成力であることを、問わず語りに明らかにしています。
 つい先日まで、大飯原発の再稼働に抵抗した関西広域連合の盟友のはずの滋賀県知事の嘉田由紀子や、あるいはまた、自らの大阪府市のエネルギー戦略会議のブレーンだった飯田哲也らに、橋下が猛然とかみついている姿は、ただただ醜いとしか言いようがありません。
 つまり、維新のバブルがはじけメッキが剥げて、ウルトラ・タカ派のストリップを演じるに至った、自らのナレの果ての姿を早くも晒しているのです。それにしても、自民党を復活させた民主党の責任はあまりにも大きい。
 今回の総選挙で痛感するのは、小出裕章さんの著書の題名ではありませんが、原発ばかりでなく政治についても、「騙されたあなたにも責任がある」ということです。

 

  (2012年12月10日記)