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民主主義の歴史的考察 ― 古代ギリシアから現代アメリカまで ―

 


◇発売=2016年12月15日
◇出版=綜合印刷出版
 TEL0857-23-0031 FAX0857-23-0039
 E-mail info@sogoprint.com
◇発売=星雲社
 TEL03-3947-1021 FAⅩ03-3947-1617
◇320ページ、定価2300円+税

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目次

 

 はじめに


 序文 現代民主主義の欠陥とその矯正策


 第一部 民主主義の予備的考察
  第一章 小国と連邦の思想
   1 古代の小国論から
   2 小国論とスイス
   3 明治日本の小国論
   4 大正・昭和の小国論


 第二部 直接民主政の源流
  第二章 古代ギリシアの都市国家ポリス
   1 民衆の権力に由来するデモクラティア
   2 重装歩兵の市民団の成長とポリスの革命
   3 ソロンとクレイステネスによるアテネの革命
   4 ペルシア戦争、ペロポネソス戦争、マケドニアの覇権
  第三章 ヨーロッパの中世都市コムーネまたはコミューン
   1 西ヨーロッパの奇蹟と宣誓兄弟盟約による中世都市の成立
   2 中世イタリアの都市国家コムーネ
   3 アルプス以北の中世都市コミューン
   4 近代国家によるコミューンの破壊と市民革命における再生
  第四章 スイスの連邦制と直接民主政
   1 スイスの歴史
   2 スイスの連邦制
   3 スイスの直接民主政
   4 スイスの反響


 第三部 北欧デモクラシーの足跡
  第五章 アイスランドにおけるヴァイキングの共和国
   1 ヴァイキング時代の幕開け
   2 ヨーロッパ世界を震撼させた壮大なヴァイキング遠征
   3 アイスランドに渡ったヴァイキングの輝かしい共和国
   4 コロンブスに先立つアメリカの発見


 第四部 代議制民主主義と全体主義の帝国
  第七章 アメリカ独立革命の功罪
   1 アメリカ独立革命とインディアン戦争
   2 アメリカ独立革命の思想的源泉
   3 共和国にして帝国という近代のケンタウロス
   4 ハンア・アレントのアメリカ革命論
 第八章 ロシア革命の悲劇
   1 マルクス主義の歴史的崩壊
     ― 東欧大革命と天安門の悲劇
   2 悲劇に終わった20世紀の実験

     ―ソ連の崩壊とロシア革命の覚書
   3 「国家の死滅」と「民主主義の死滅」というレーニンの教説
   4 ソヴィエト(評議会)とボリシェヴィッキ(共産党)の対立と抗争

 

 第五部 政治思想再考
  第九章 政治的なるものの復権
       ― ハンナ・アレントに寄せて
   はじめに
   1 活動的生活
   2 公共的世界
   3 政治的自由
   4 市民的主体

 

 あとがき
  

 

「はじめに」より

 

 近年、為政者や政治家の演説や会見で「民主主義」とか「法の支配」といった言葉がしきりに使われる。あたかも、これらの言葉が自らの政治の免罪符であるかのごとくに、である。
 しかし、その中味を検討すると、「民主主義」や「法の支配」は、その国なり自治体なりが選挙で選らばれる議員によって議会を構成し、ものごとが議会の承認のもと決定されていることを意味する。
 それは代議制=民主主義と言われるもので、世に「民主主義国」と言われるのは、要するに「代議制もしくは議会制の民主主義」のことを指す。
 いかにも、それは民主主義の一形態には違いない。しかし、「民主主義」ないしは「民主政」は、もともとギリシア語で民衆(デモス)の権力または支配(クラトス)、すなわち、「デモクラティア」からきた言葉である。
 直接民主政の源流は、この古代ギリシアや中世ヨーロッパの都市国家、ひいてはまた、中世から近代に至るスイスにある。そこでは、市民が直接広場に集まって、顔と顔の見える関係の中で、集会や演説や挙手などを行ない、自らの意思を他人に譲渡するなどということはしなかった。
 それでは、代議制もしくは議会制つまりは代表制のもとで、民衆または市民は権力を持っているか。なにごとも、とりわけ日本では重要な、原発の再稼働とか米軍による沖縄基地の使用とか憲法改正が視野に入っている安保関連の法案とかの重要な課題で、市民の意思が問われたことがあるか。
 為政者や政治家は答える。「それは選挙で問われたことだ」と。しかし、市民は反問する。「選挙で問われたのは、総花的な政策を持つどの政党の候補を誰か選ぶということであって、原発や基地や安保のような具体的で切実な課題の是非を直接問われたことはない。議会ないしは議会主義は民主主義の免罪符ではない」と。
 その昔、ルソーはじめ何人かの先見の明ある思想家が警告したように、人民は選挙の期間中だけ権力を持つが、選挙が済めば人民はそれを失い、制度によって権力を約束された為政者の操り人形になってしまう。
 アメリカや西欧や日本も例外でないばかりか、アメリカに代表されるように、「民主主義」や「法の支配」を標榜しながら、世界の帝国として覇権を誇示する有様である。つまり、「代議制=民主主義の帝国」である。「民主主義国ないしは共和国」にして「巨大な帝国」という現代の奇怪なケンタウロスの出現である。
 アメリカはかつてロシアと米ソ冷戦で対抗した。ロシアはレーニンやトロツキーらボリシェヴッキの革命で帝政から生まれ変わった国のはずだが、権力の基盤だったソヴィエト=評議会がボリシェヴッキ=共産党に簒奪され、スターリンによる全体主義の暴政のもと国内では粛清の嵐、国外では全体主義の帝国としてアメリカと覇を競った。
 そのロシアの自称「プロレタリア民主主義」も第二次大戦後の中国などの「人民民主主義」も、やたら「民主主義」の美辞麗句で自らの政体を飾り立てようとしたが、実体は「全体主義」の「暴政」を隠すイチジクの葉っぱでしかなかった。
 現代民主主義は大いなる欠陥を有し、市民は選挙のときだけ主権者だが、選挙が済めば主権を失い、テレビや新聞が操る政治という劇場の見物人の役割を押し付けられる。「劇場型政治」とはよくぞ言ったもので、つまり、政治は見世物芝居の劇場となり、市民は「見物人」それも「外野席」の大衆の役割を固化されてしまう。その矯正策はないか。
 それを考えるためには、複雑に揺れ動く世界の歴史のなかで、「民主主義」ないしは「民主政」なるものが発生した現場をつかまえ、そこから教訓を引き出すしかない。古代ギリシアや中世ヨーロッパの都市国家も中世―近代のスイスも、いずれ劣らず興味深いが、わたしは現代につながる教訓をスイスに見たい。
 現代の「代議制=民主主義」をわたしは半分だけ民主主義の「半民主主義」ととらえるが、代議制そのものを批判はしても否定しない。そのうえで、その欠陥の矯正策として、スイスにならって、市民が重要と考える課題でイニシアティブ(発議権)とレファレンダム(住民投票)に訴える制度の導入を提案する。

 スイスには、むろん「議会」や「政党」もあるが、同時に、イニシアティブ(発議権)とレファレンダム(住民投票)の制度が「半直接民主主義」の名前で制度化され、盛んに用いられている。五〇〇年の伝統を持つスイスの連邦制と直接民主政をそのまま日本に移植できるとはわたしも考えていないが、ひとつの模範として参照できる制度である。
 日本の議会関係者は自らの権益を侵されるので、これに大いに反対し拒否するであろう。しかし、そこにこそ、日本の議会の欠陥が露出しているのだ。
本書は、ほぼ半世紀にわたるわたしの市民運動の経験を踏まえた、政治というものについての思想的な総括である。