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土井淑平著

 『終わりなき戦争国家アメリカ
  ― インディアン戦争から「対テロ」戦争へ ― 』

 

  ◇発売=2015年5月25日
  ◇出版=編集工房朔
    TEL03-6272-3525 FAⅩ03-6272-3526 E‐mail kobosaku@yahoo.co.jp
  /発売=星雲社 
    TEL03-3947-1021 FAⅩ03-3947-1617
  ◇326ページ、定価3200円+税

 

  書店またはネット通販にてお求めいただけます。


       

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 目次

 

   序 論 タイタニック地球号の巨大沈没劇の始まり


   第一部 三〇〇年戦争としてのインディアン戦争
        ― アメリカ帝国主義(1)その前史
    第一章 ヨーロッパ人の侵入とインディアンの蜂起
    第二章 英仏戦争と独立戦争に引き裂かれたインディアン
    第三章 アメリカ政府軍とインディアン連合軍の戦い
    第四章 インディアンの強制移住と南北戦争以後

 

   第二部 米西戦争からベトナム戦争まで

        ― アメリカ帝国主義(2)覇権確立と米ソ冷戦
    第一章 米西戦争と第一次世界大戦
    第二章 アメリカが覇権を確立した第二次世界大戦
    第三章 米ソの冷戦構造が生み落とした朝鮮戦争
    第四章 アメリカが歴史的に敗退したベトナム戦争

 

   第三部 湾岸戦争からイラク戦争まで

        ― アメリカ帝国主義(3)新世界秩序と米一極支配
    第一章 ならずもの戦略と湾岸戦争 
    第二章 アメリカ政府の関与または共犯を否定できない9・11事件
    第三章 カスピ海の石油利権と覇権確保のためのアフガン戦争
    第四章 湾岸地域の石油利権と覇権確保のためのイラク戦争

 

   第四部 アメリカの終わりなき戦争
       ― アメリカ帝国主義(4)超帝国主義の限界
    第一章 古典的帝国主義論とその余波
    第二章 門戸開放帝国主義と通貨帝国主義
    第三章 経済帝国主義と軍事帝国主義
    第四章 アメリカ超帝国主義とその限界
   アメリカ史略年表
   あとがき
   事項索引・人名索引



 本書はアメリカ帝国主義の前史をなす300年戦争としてのインディアン戦争こそ、アメリカの外交・政治・軍事・経済・文化の骨格の原型を形づくってきたとの観点から、インディアンをせん滅し領土を奪い尽してフロンティアが消滅するや、米西戦争を皮切りに帝国主義的な海外膨張に転じたアメリカの歴史を総ざらいして具体的に検証する。
 アメリカが帝国主義国家として世界に登場し覇権を確立したのは、圧倒的な経済力と軍事力を背景とした第一次世界大戦と第二次世界大戦を通してである。それは同時にアメリカ帝国主義のイデオロギーが形成され今日まで受け継がれてきた行程の重要な転機でもある。そのイデオロギー的起源はトマス・ジェファソンの「自由の帝国」までさかのぼり、セオドア・ローズヴェルトやウッドロー・ウィルソンを経て、今日のジョージ・W・ブッシュにまで至る。
 それはアメリカ人が幌馬車を連ねてインディアンをせん滅しつつ、西部へ西部へと膨張に次ぐ膨張をとげていった西漸運動のスローガンたる、オ・サリバンの「マニフェスト・デスティニ」(「膨張の天命」または「明白な運命」)の今日的表現でもある。この「マニフェスト・デスティニ」は、アメリカが神によって選ばれたとするピューリタンの選民思想に起源を持ち、この選民思想の自惚れと貪欲な膨張主義をインディアンの「文明化」とか「キリスト教化」の美名で正当化してきたものである。
 かつてのインディアンの「文明化」や「キリスト教化」は、今日ではたとえばイラク戦争における中東の「民主化」とか「自由と民主主義」なる美辞麗句に衣替えしているとはいえ、キリスト教の教壇から高邁なお説教を垂れるかのような、アメリカの歴代大統領の言説は「マニフェスト・デスティニ」を受け継いで「アメリカン・デモクラシー」の宣伝に取り入れている。この神懸ったアメリカン・デモクラシーはアメリカ帝国主義と表裏一体の関係にある。
 一九八九年にベルリンの壁が崩壊し米ソ冷戦の終結が明らかになるや、米軍指導部は計り知れないほどの衝撃を受けた。この歴史上もっとも重要な時期に、米軍指導部は「アイデンティティの危機」に陥り、米国防総省(ペンタゴン)は「舵なし」の状態になってしまったのである。これに窮した米軍指導部が仮想敵にデッチ上げたのが、「ならずもの戦略」ないしは「ごろつきドクトリン」なる新しい悪魔学であった。
 この新しい悪魔学の「ごろつきドクトリン」にもとづく「ごろつき除去」の第一弾が一九九一年の湾岸戦争であった。この一九九一年の湾岸戦争で先代のジョージ・H・W・ブッシュ大統領はアメリカの「新世界秩序」の到来を宣言したが、この新たな「新世界秩序」は「米一極支配」とセットであった。アンドレ・グンダー・フランクにならって、わたしは湾岸戦争から9・11事件をはさんでアフガン戦争、イラク戦争に至る中東の大戦争を「第三次世界大戦」と呼んでおかしくないと考える。
 二〇〇一年の9・11事件は米中央情報局(CIA)や米連邦捜査局(FBI)や米国防総省(ペンタゴン)はもとより、ジョージ・W・ブッシュ大統領やディック・チェイニー副大統領をはじめ、ブッシュ政権の高官の関与もしくは共犯を否定できない事件である。わたしは9・11事件がアメリカ政府の自作自演とまではいかないものの、少なくとも直接ないしは間接の関与や共犯がなければ起こり得なかった事件と見て、その根拠をデヴィッド・グリフィンなどの労作を踏まえていくつも上げている。
 湾岸戦争もアフガン戦争もイラク戦争も、「テロとの戦い」を大義名分に掲げ、アメリカを盟主にイギリス以下の陣笠連の、数十カ国の有志連合軍を引き連れて戦われた新型の帝国主義戦争であった。むろん、アメリカは領土的野心からこれらの戦争を起こしたわけではないが、この一連の新帝国主義戦争たる湾岸戦争もアフガン戦争もイラク戦争も、ペルシャ湾岸とカスピ海の石油・天然ガスという重要資源へのアクセス、および、そのための軍事的プレゼンスの確立を動機とした戦争だったのである。
 アメリカは史上に類例なきグローバルな巨大帝国にして帝国主義の体現者である。あらためて、帝国主義とは何かと問わねばならないが、それは帝国主義を資本主義の経済的本質から説明し、帝国主義を資本の海外投資と世界分割に結びつける、二〇世紀初頭のホブソンとレーニンの定義を超えて、より重層した歴史の文脈から解き明かす必要がある。

 アメリカはオバマ政権になって、泥沼の内戦状態に陥っていたアフガンとイラクから撤退することになった。それは9・11事件という史上最大のデッチ上げ事件からの出口戦略のように見えるかも知れないが、アメリカの世界覇権と軍産複合体の維持という至上命令からすれば、つぎの演し物が不可欠となる。それがイスラム過激派組織「イスラム国」ということになるが、その「イスラム国」もまたアルカイダやタリバンと同様、アメリカが陰で育成し支援してきた仮想敵のダミーである。こうして、アメリカは「テロとの戦争」なる「終わりなき戦争」の新たな標的を確保した、というのがアメリカの戦争を追い続けてきたわたしの見方である。
 アメリカ帝国主義の特質を理解するうえで、わたしはジョン・ギャラハーとロナルド・ロビンソンの「自由貿易帝国主義」、あるいはまた、それを受け継いでウィリアム・ウィリアムズやウィスコンシン学派が提唱した「門戸開放帝国主義」の概念が重要と考える。と同時に、マイケル・ハドソンが明るみに出したところの、基軸通貨のドルを発行する唯一の国家という特権を利用して、米国債をじゃぶじゃぶ発行して還流するドルで戦争経費や財政赤字の補填のための財源をねん出する方式を編み出した、アメリカの「通貨帝国主義」ないしは「金融帝国主義」に注目する必要がある。
 いま取り上げた「門戸開放帝国主義」と「金融帝国主義」がアメリカの「経済帝国主義」の骨格をなし、これをもってアメリカ帝国主義の一つの顔とするならば、この「非公式帝国」を背後から支える「公式帝国」として、アメリカの「軍事帝国主義」が厳然として存在していることも忘れてはならない。それが全世界にくまなく軍事基地を張り巡らし、これをもとに度重なる戦争で世界を威嚇してきたアメリカ帝国主義のもう一つの素顔である。そのアメリカ帝国主義の軍事植民地を象徴するのが沖縄であり、それは日本政府が対米従属の「スケープ・ゴート」つまり「イケニエ」としてアメリカに差し出したものである。
 アメリカの世界覇権は二〇世紀の第一次世界大戦と第二次世界大戦を通して確立し、この世界覇権が経済と軍事の二つの柱から成り、それを外交政策やアメリカナイズされた消費文化の普及が支えてきたことはいうまでもない。しかし、近年のアメリカで政府と連邦議会を巻き込む大問題となっている「フィスカル・クリフ」(財政の崖)、および、「デフォルト」(債務不履行)の深刻な危機こそ、グローバルなアメリカ帝国主義ないしはスーパー帝国主義のまぎれもない限界を露呈するものなのだ。
 あたかも嵐の前の海燕のように、それは全世界の金融と財政を巻き添えにした、タイタニック地球号の巨大沈没劇の始まりを告げている。本書はインディアン戦争にまださかのぼって、アメリカ帝国主義の前史と起源と形成、ひいてはまた、近年のスーパー帝国主義に至るまでの過程を歴史的かつ具体的に追究し、全世界を引きずり込むおそれのあるその巨大沈没劇に警鐘を鳴らすものである。