新刊案内

HOME


土井淑平 著
『知の虚人・吉本隆明 戦後思想の総決算』

 

  ◇2013年1月15日 発売
  ◇発行=編集工房 朔 /発売 =星雲社
  ◇232ページ、定価1500円+税

 

◇以下のアドレスをクリックすればネット購入が出来ます。

 ・丸善&ジュンク堂書店  http://www.junkudo.co.jp/view2.jsp?VIEW=author&ARGS=%93y%88%E4%81%40%8Fi%95%BD

 ・紀伊国屋書店  http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/search.cgi?skey=1&AUTHOR=%93y%88%E4%8Fi%95%BD

 ・アマゾン  http://www.amazon.co.jp/gp/aw/s?ie=UTF8&field-author=%E5%9C%9F%E4%BA%95%20%E6%B7%91%E5%B9%B3&i=stripbooks

 ・楽天ブックス  http://search.books.rakuten.co.jp/bksearch/dt/g001/bathr%C5%DA%B0%E6%BD%CA%CA%BF/

 ・ライブドア  http://books.livedoor.com/bs/?type=author&word=%E5%9C%9F%E4%BA%95%E6%B7%91%E5%B9%B3

 上記のほかのネット通販でも購入できます。

 

 

 

j

目次

 

   序文 60年安保は遠くなりにけり
   第1章 「反原発で猿になる!」という〝辞世の句〟
    1 フクシマで殉死した最後の戦後思想家
    2 バブルの狂宴と公害の弁護論
    3 超資本主義orスーパー資本主義
    4 失われた40年とナルキッソス空間
   第2章 「自立の思想」という〝孤立の思想〟
    1 60年安保と擬制の終焉
    2 片道切符の自立の思想
    3 大衆の自立と解放の袋小路
    4 自然的自立vs市民的自由
   第3章 「大衆の原像」という〝大衆の虚像〟
    1 大衆と知識人
    2 大衆の原像と実像
    3 大衆と大衆社会の勃興  
    4 消費大衆のバブル
   第4章 「共同幻想」という〝共同催眠〟
    1 大ブロシキの共同幻想
    2 史的唯物論と上部構造崩し
    3 ネイションとナショナリズム
    4 対幻想と女性
   第5章 「言語美」と「心的現象」の〝藪の中〟
    1 ナルキッソスの言語文学論
    2 政治と文学の絡み合い
    3 心的現象のラビリントス
    4 西欧進歩史観と科学技術信仰
   結び ソクラテスにソックラデス
   あとがき

 


序文より

 

 フクシマの大惨事から1年目の新年早々、「反原発で猿になる!」との辞世の句を詠んで亡くなった吉本隆明は、よく「戦後最大の思想家」だとか「知の巨人」などと持ち上げられ、さきの第2次世界大戦の敗戦から半世紀以上の歳月が経つのに、いまだこの日本に「戦後思想家」や「戦後思想」が生き延びているかのような錯覚を与えてきた。
 たしかに、1945年の8・15を「第1の敗戦」とするならば、2011年の3・11を「第2の敗戦」としてとらえる見方は、必ずしも見当はずれの観点とはいえないし、わたしたちが「第1の敗戦」の教訓を生かして「第2の敗戦」に臨むという態度も、あながち筋違いのことではあるまい。
 しかし、「最後の戦後思想家」ともいえる吉本隆明は、太平洋戦争末期の「日本は勝つ」の大本営発表の今日版たる原子力戦争末期の「原発は勝つ」を頑固に信じ、ヒロシマやナガサキの悲劇の再来たるフクシマの大惨事を目前にしながら、なおも執拗に「戦争継続」ならぬ「原発継続」を主張し、あたかも原発特攻隊の老人志願兵のように殉死したのだ。
 第2次世界大戦後の日本は米軍の占領を経て独立したものの、アメリカの世界戦略下に日米安保と沖縄基地を受け入れ、ひたすら軍事的・政治的・経済的・文化的な植民地か属国のような地位に甘んじてきた。この間、なるほど日本の経済と社会は高度成長をとげたが、その半面で公害の噴出と列島全土にわたる環境破壊、とめどなき思想と文化の荒廃に見舞われた。
 あの高度成長期からバブル期にわたって、デベロッパー資本主義やゼネコン資本主義のもとで、列島改造や都市再開発が環境を破壊しつつ各地で猛威を振い、その副産物たる大衆消費文化が普及するや戦後の文化や文化人も消費のバブルに浮かれ、それに乗ってバブルのアワ踊りを踊る光景がいたるところで現出したが、その先頭に立って踊った文化人や知識人の1人が吉本隆明だったのである。
 このバブル期は規制緩和・自由化・民営化を3本柱とする新自由主義の導入期に当たり、中曽根康弘が3公社(日本専売公社・日本国有鉄道・日本電信電話公社)を解体して民営化したのに続いて、小泉純一郎が道路公団と郵政を解体して民営化を強行し、これによって日本の労働運動が屋台骨もろとも壊滅的な打撃を受け、労働者の生活と権利がいちじるしく侵害されるに至った。吉本隆明が規制緩和・自由化・民営化をあと押しする、新自由主義の同伴知識人だったことも忘れてはならない事実である。
 戦前に皇国少年ないしは軍国青年だった吉本隆明は、1960年安保闘争で反日共系全学連を支持して注目され、かれの造語たる「自立の思想」「大衆の原像」「共同幻想」といった言葉が、当時の学生や若者の間でキャッチ・コピーのごとく流布して人気を博した。しかし、吉本隆明の「政治的時間」は「聖なる瞬間」たる60年安保で完全に止まってしまったにもかかわらず、その後も長く新左翼知識人の「左大臣」か「右大臣」であるかのごとく振舞ってきた。
 1970年代以降、吉本隆明は「資本主義は最高の作品」と体制にベッタリ身を委ね、今日の「高度資本主義」のもとでの「大衆の解放」を謳歌し、ダイエーの中内功や新自由主義の小泉純一郎を持ち上げ、あげくの果てオウム真理教の麻原彰晃を絶賛したうえ、フクシマ以後は国策で推進される原発擁護に執心した。この「資本主義・国家・科学技術」の三位一体的弁護論は、「戦後思想」の「失われた40年」を暗示する。晩年、吉本隆明自身は「新・新左翼」を自称したが、その本性は「ニューライト」にして「新自由主義」の同伴知識人と呼ぶのが正確である。60年安保は遠くなりにけり、だ。
 もともと文芸批評家なのだから致し方ないとはいえ、吉本隆明には根本的に政治思想が欠落し空洞を抱えていた。その空洞を埋めたのが「ナルシスト」に特有の穴倉の「ナルキッソス空間」であった。わたしは本書を戦後思想の決算書として、神懸かりに神秘化された吉本神話を徹底的に解体して脱神話化し、かれがことあるごとに口にしてきた「世界思想」のレベルから見たとき、この東海の島国の「ハダカの王様」がいったい何であったかを明らかにしていきたいと思う。ジキル博士とハイド氏ではないが、世に言う「知の巨人」は「知の虚人」でもあった。

 

辞世の句「反原発で猿になる!」

s

正誤表;

 146ページ 14~15行目 「本書の第3章「『大衆の原像』と『消費大衆』」4「キンキラキンの消費大衆」→「本書の第3章「「大衆の原像」という〝大衆の虚像〟」4「消費大衆のバブル」